「血縁上」の父認めるか「法律上」か…最高裁判決の争点は?フィリピン残留2世の訴え

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「日本人になりたいんではない、私は日本人」 「日本人として死にたい」 取材で出会ったフィリピン残留日本人2世たちの言葉だ。 太平洋戦争の混乱期に日本人の父と生き別れ、フィリピンに残された残留2世。その多く は、日本人の子どもであることを隠し、迫害に耐えて生き抜いてきた。父との繋がりを絶 たれたことで、無国籍となった彼らは今、日本国籍の回復を求めている。しかし、戦後 81 年経った今、彼らに立ちはだかるのが日本の「司法」の壁だ。多くのケースで裁判所は 「法律上の父として認められない」としてその訴えを退けている。去年、日本政府の支援 で来日し、DNA 鑑定で血縁関係が認められた弟との対面を果たした残留 2 世の男性も、日 本国籍の回復は認められなかった。「日本人として認めてほしい」彼らの最後の願いは、 憲法の番人、最高裁判所に届くか。 
(テレビ朝日報道局 松本健吾)

【画像】同胞を救うラストチャンス…フィリピン残留2世の訴えは届くのか

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■弟と80年越しの対面、DNA鑑定も…「法律上の父」として認めず

フィリピン残留日本人2世のタケイ・ホセさん(82)は、日本国籍回復のため新たな戸籍を作る「就籍」の申し立てを東京高裁が退けたのは違憲だとして、最高裁判所に特別抗告を行った。タケイさんは、太平洋戦争の混乱期に生き別れた日本人の父を捜すため、1990年代に支援団体「フィリピン日系人リーガルサポートセンター」に調査を依頼。その結果、厚生労働省の資料などから戦後大阪に戻った竹井銀次郎さんが父であることが判明した。そして去年、日本政府の国費で来日、異母弟との対面を果たした。弟との間でDNA鑑定も行い、血縁関係は科学的にも証明された。タケイさんはこうした証拠などを揃え、2025年8月、東京家裁に就籍申し立てを行ったが却下された。即時抗告するも東京高裁でも認められなかった。その理由は「法律上の父として認められない」ということだった。

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なぜ法律上の父として認められないのかー
戦前の大日本帝国憲法のもと、父系血統主義をとった旧国籍法では、子が日本国籍を取得する要件として「出生の時に父が日本人であること」と定められていた。ここで書かれている「父」というものが、法律上(民法上)の父として、即ち婚姻関係が認められる必要があると、却下理由には書かれていた。タケイさんは、両親の婚姻関係を証明する書類などは見つかっていない。一方で、DNA鑑定による父との「血縁関係」に関しては、審判での言及はなかった。

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■最高裁に特別抗告 血統主義に基づく「父」の解釈が争点 専門家の意見は―

タケイさんの弁護団は、「憲法14条1項及び憲法10条に違反している」として、最高裁に特別抗告を行い、「憲法」「家族法」「国籍法」「国際人権法」の専門家らが意見書を提出。以下は、専門家らの意見を特別抗告理由書などから抜粋したものである。

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■「憲法」の専門家 愛知県立大学学長 川畑博昭氏 

(特別抗告理由書から抜粋)

ポツダム宣言の受諾と敗戦によって生まれた日本国憲法が大日本帝国憲法と決別したのは、非戦の誓いだけではなかった。先に示した前文の冒頭が、〈われら〉一人ひとりと国民を説き起こしたように、尊重されるべき「個人」(憲法13条)をつかみ出した点も、新旧憲法の決別を不可逆的なものにした。だからこそ、日本国憲法が発見した「個人」の中には、生身の人間としての日本人の父とその子である一人ひとりのフィリピン残留二世が含まれる。大日本帝国の時代に生を受け、戦争によって日本人の父親と離散させられた結果、本来は法的紐帯によって権利を保障されるはずの帰属先を失った彼らの苦難は、国策としての戦争遂行なしには起こりえなかった。その意味において、国境を隔てた先で苦難に満ちた戦後を生き抜いた「戦争の惨禍」の申し子のような彼らは、大日本帝国憲法から敗戦を経て、日本国憲法の前文から本文の規定までを貫く日本の憲法史の生き証人であり、その存在は日本国憲法誕生における物言わぬ原動力でもある。本件就籍の申立ては、それゆえに、国籍法をめぐる法律解釈の次元を超えて、まずは憲法の問題として位置づけられなければならない。

判例(jurisprudence)の原義は「法の賢慮(juris-prudentia)」にある。裁判所が旧国籍法をめぐる帝国議会での審議における立法者意思の中にも、また明文上も、一見して明白とはいえない「法律上の父子関係」の要件を課すのであれば、それと同等の要件として、科学的手法による生物学的証明や血縁者による証言などを加え、就籍にはいずれかを満たすことで足るとすることは、「政府の行為」によってもたらされた「戦争の惨禍」を再び、「政府の行為」として自らの手で反転させ、癒し、修復することを意味する。これこそ、日本国憲法の精神と規範原理に基づく法の使い手としての裁判官に成し得る「法の賢慮」である。それは、法理の世界をより良い生を懸命に生きようとする一人ひとりの生身の人間から切り離すことなく、そうした人間を基底に据えた法理を生み出す。法はどこまでも、人為の所産なのである。

■「家族法」の専門家 立命館大学名誉教授 二宮周平氏 

(許可抗告申立て理由書から抜粋)

「我が国の構成員としての資格」が重要となる。
すなわち、日本人としてのアイデンティティである。家事審判申立書及び即時抗告理由書等において示されているように、本件で申立人が就籍を希望するのは、戦時中、戦後の混乱したフィリピン社会の中で、幼い時に生き別れた、あるいは死別した日本人父とのつながりの確認を求めてのことである。高齢になり、最期の時を前に、これまで苦しんだり、辛かったりしながら生きてきた自分は何者であったのかというアイデンティティを求めている。本件で問われているのは、子と父の血のつながり、すなわち血統であり、そこに申立人は日本人としてのアイデンティティを求め、その証として就籍を求めているのである。本件申立人は、DNA鑑定や間接事実により父子関係、血のつながりが確認されている。しかし、本件では上述のような事情の下で、婚姻や認知の証明ができないことから、法律上の父子関係が成立していないとして就籍が否定されている。しかし、父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得するか否か、父の認知が得られたか否かは、平成20年最大判の指摘するように、子にとっては自らの意思や努力によっては変えることのできない父母の身分行為に係る事柄であり、これによって日本国籍の取得が認められず、就籍が認められないことに、国籍法の趣旨に照らして、なお合理性を有するとはいえない。

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■「国籍法」の専門家 早稲田大学名誉教授、弁護士 木棚照一氏 

(許可抗告申立て理由書から抜粋)

国籍法2条1号は、「出生の時に父又は母が日本国民であること」を出生による子の日本国籍取得の要件と規定する。これは、血統主義による国籍取得を認めたものであり、国籍法上の先決問題としての親子関係として単に事実上の親子関係だけでは足りず、法律上の親子関係の存在を要求するものと解されてきた。

この見解からみると、父との親子関係によって子が出生により日本国籍を取得するのは、明治32年の旧国籍法(明治32年法律第66号)上の父と子の親子関係を考える場合にも妥当する。これは、通常の平和な時を念頭に置いて考えれば、法律上の親子関係の存在を要求するような制限が生じるのは、国籍を法律関係と捉えようと、法的地位として捉えようと、国家秩序において極めて重要な要素になる国籍をどのように認定するかに関わるものであるから、法的安定性の観点を考慮して、法律上の親子関係の存在を要求する見解を強く否定するわけにもいかない。

通常の平和な時の場合に、日本国籍を出生により取得するときは、子の出生当時、旧国籍法1条(国籍法2条1号も同様。)の「父」の解釈に関して、法律上の父子関係の存在を要求することは、国籍のような基本的地位ないし法律関係を与えるために必要であると解釈したとしても、申立人らフィリピン残留日本人の置かれたような特別の事情がある場合に、旧国籍法1条(国籍法2条1号も同様。)の「父」の解釈に関して、常に法律上の父子関係があることを要求することは国籍法の取る血統主義の原則の趣旨からみても正当とはいえない。戦中、戦後のフィリピンにおける混乱期に父が国家総動員法に基づき日本軍と行動を共にし、戦死する例が多く、運よく生き残ったとしても戦後日本に強制送還されるような状況にあり、父と子の間において、法律上の父子関係の形成を期待することが困難な特別の事情があるときは、例外的に血統主義の本旨に帰り、旧国籍法1条(国籍法2条1号も同様。)の「父」の解釈に関して、父との事実上の血統関係を要求することで足りると解すべきである。

わが国の国籍法は血統主義を採っているのであるから、法律上の父子関係の形成を期待することが困難な特別の事情がある場合には、例外的に事実上の父子関係を示す証拠、例えばDNA鑑定やその他の証拠があれば、血統主義で要求される要件を満たすものとして、就籍を許可すべきである。

■「国際人権法」の専門家 青山学院大学法学部教授 シン・ヘボン氏 

(許可抗告申立て理由書から抜粋)

本件を検討するにあたり看過できない最重要の点は、申立人らフィリピン残留日本人がいずれも、日本国籍を取得できず、かつ、父系血統主義の国籍法をもっていたフィリピンにおいてフィリピン人母の国籍も取得できないまま、長年、無国籍状態にあるということである。日本が批准している人権条約では、子どもが無国籍になることを防止するために、子どもが国籍を取得する権利が人権として保障されており(自由権規約24条3項及び子どもの権利条約7条)、締約国はこれらの権利を確保することとされている(両条約2条1項)。とりわけ、子どもの権利条約の7条2項では、特に、さもなければ子どもが無国籍になる場合には、子どもが出生の時から国籍を取得する権利」を国が確保することが明文で義務づけられている。「確保する(ensure)」とは、権利の実現を実際上も達成する「結果の義務」を含意する、強い義務規定である。子どもの権利条約7条の目的は子どもが無国籍となることの防止であるから、子どもが無国籍とならないようにする措置を取る義務は子どもの出生地国だけでなく両親の国籍国にもかかるものであって、7条2項によって国家に課される義務は、親子関係、居住、又は出生地によって子どもが絆を有するすべての国に生じる。

申立人らは日本人父の子として、旧国籍法に基づき日本国籍を有することの確認を求めているが、申立人らと日本人父との生物学的父子関係の存在、及び、戦争の結果申立人らが置かれてきた特別の事情をふまえ、かつ、申立人らが日本人父の子どもであるにもかかわらず80余年もの間無国籍状態に置かれてきたことを、日本が子どもの権利条約締約国として7条2項により負う国籍取得の確保義務に照らして解釈すれば、本件では、申立人らには日本国籍を認められるべき十分な根拠がある。

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■「残留2世は戦争の被害者で救済すべき」 日本人としての「存在の証」を

弁護団の1人、北村賢二郎弁護士は「日本国憲法が作られたのは、先の大戦の敗戦による教訓からであり、その前文にも明記されている。戦争の被害者である彼ら残留2世を救うために、日本国憲法が作られたとも言える。今救えなかったらこの問題がなくなってしまう。日本人として、同胞を救うラストチャンスになる」と話す。

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フィリピン残留2世の無国籍問題を取材して5年。直接会って話を聞いた2世のうち、既に3人が亡くなった。うち1人は日本国籍を回復できたものの、残り2人は間に合わなかった。また、この2,3年で認知機能も衰え、父に関する証言が曖昧になってきた2世もいる。今も国籍回復を果たせずにいる残留2世の多くが、タケイさんと同様に、両親の婚姻記録が見つかっていない。戦禍による焼失を免れた新たな証拠が戦後80年以上たった今、新たにみつかることはほぼないだろう。彼らを救うことができるのは、日本の司法しかないのだ。1日も早く、1人でも多くの残留2世が、日本人としてのアイデンティティを取り戻すことができる審判が下される日が訪れて欲しい。

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