■「うちの嫁が」街の人が感じる結婚への違和感…鳥飼氏が「娘にならない」理由とは
「(Q.名字を変えて“相手のご家族に入らせてもらう”感覚は?)わかります。日本の文化で、文字の中に『女』へんに『家』と書いて『嫁』と読む。文字からしても家に嫁ぐという、女という。『うちの嫁が』という言葉を聞くが、やはり違和感がある」(主婦・60代)
「(名字は)変えたくなかった。手続きも大変だった。(制度が)変われば別姓でいきたい。(改姓でへりくだる感覚は)まだ男尊女卑みたいな感じ」(主婦・60代)
「(名字が)変わったのが30年以上前なので、その時代は(女性の名字が)変わるのが当たり前。今思い出すと、やはり違和感はあった。元々の名字に対しての愛着とか、(名字が変わることへの)寂しさはあったが、逆に主人の名字になる嬉しさとかそういう時代だった」(パート・60代)
街の人の声を受け、2度の法律婚・離婚の大変さを経験し、3度目の結婚で一度は事実婚を考えたという鳥飼氏は、この「へりくだり」の感覚について次のように語る。
「『へりくだり』というと、良い印象ではないと思う。もちろん良くないこともたくさんあったが、一方で良いところから生まれてしまう『へりくだり』もある。結婚するときに、相手のご両親に会うが、みなさんいい人で『仲良くしようね』という雰囲気で接してくれるし、私もそれに応えたい。印象的だったのが、2回結婚して、両方とも『娘ができたみたいで嬉しい』と言われた。それは、仲良くしたいという気持ちから言っていることだとわかるから、私も『喜んで』という気持ちになった。そうすると結局、自分の家の娘でもありながら、それを一旦どこかに置いて、新しい名字になった上で、新しく入った娘としての振る舞いが出てしまっていた」
「『こういうのが幸せの形なんだよ』というのがイメージとして合致してしまって、それに自分が過剰に合わせてしまう、維持しなければいけない“謎の使命感”もあった。家の中で揉め事などが起きた時に『私が維持しなければいけない』という気持ちも出てきてしまったかなと思う」
これには、犬山氏も共感。
「“謎の使命感”に頷いている方はものすごく多いと思う。勝手にモードが変わる感覚がある。私の義母も“神義母”で本当に良いお義母さん。お正月に相手の家に行くと、あぐらをかくくらいになってきていて、それに対しみんな『すごい』と言うが、男性だったら多分『すごい』と言われない」
「義実家は本当にジェンダーロールもなく、居心地が良いんです。でも、相手が求めていなくても、当初は自分で相手の家の娘らしく振る舞わなきゃと勝手に思っているふしがあります。私はかなり恵まれていますが、友人や読者の話を聞くと、型にはまりにいかなければいけないから、娘であることを求められるから義実家に帰るのが億劫と言う方もいる」
名字を変えることの葛藤に示されたパートナーの母親の“優しさ”
