
沖縄県の辺野古沖で船2隻が転覆した事故。第11管区海上保安本部が、当時、船に乗っていて助かったすべての生徒に対して、聴取を行ったことが分かりました。
生徒「海保と並走 少し怖い」
これは、転覆事故直前に船に乗っていた同志社国際高校の生徒らが撮影した映像です。生徒らを乗せた小型船は、エメラルドグリーンに染まる海を背にゆっくりと揺られています。
中には、静かな様子から一変、白波をたてながら航行しているような様子も…。乗船していた生徒らが周囲に次のように話していることが、朝日放送テレビの取材で分かりました。
同志社国際高校の生徒
「どこに向かっているか定かではないのですが、海上保安庁と並走していました。かなりのスピードが出ていて、少し怖かったです」
「船長さんと船の操縦について話していた流れで、操縦してみる?と提案してくださったので、操縦しても大丈夫な所に移動してから操縦することになりました」
その後、金井船長に操縦が変わり、港へ戻っている途中に事態は一変したといいます。
同志社国際高校の生徒
「帰ってきている途中、急に海の色が濃く変わり、波が荒くなってきました。船のスピードもかなり上がり、横から大きな波が来てそのまま転覆しました」
生徒たちは、気づいたころには海に投げ出されました。
救助現場の実態
3月16日午前10時すぎ、「平和丸」と「不屈」の2隻は転覆し、「平和丸」に乗っていた17歳の武石知華さんと「不屈」の金井船長の2人が死亡。生徒ら14人がけがをしました。
第11管区海上保安本部が、当時船に乗っていて助かったすべての生徒に対して聴取したことが15日に分かりました。17人から保護者同席で話を聞いたといいます。
一方で、沖縄県議会の議員連盟も海保から聞き取りを行い、救助に時間がかかった理由を明かしました。
沖縄海保議連 仲村家治氏
「海保が白波が立っている所に自分達が行くと二次被害になると熟知していたので、迂回(うかい)せざるを得なかった」
事故の当日、波浪注意報が出ていて、転覆現場のリーフの上には、3メートル近くの波がありました。
救助にあたった海上保安官は、当時、修学旅行生が乗っているとは知りませんでした。
「当日、海保が人数把握ができなかった。たまたま干潮で足が届く子たちもいれば、船にしがみついている子たちもいて、点在していることで(救助に)時間がかかった」
通常、海難事故が起きると、海保は、船長から何人乗っていたか聞き取り救助をします。しかし転覆時、救助者が点在していて、船長をすぐに特定できなかったため、その場で人数を把握できなかったのです。
全容解明望む遺族
知華さんの母
「ともちゃん、ママ来たよ」
「どこ」
「どこに引っかかっちゃってた」
遺族はSNSで、亡くなった知華さんが飛行機に乗る時の様子をこうつづっていました。
知華さんの父
「貨物としてではなく、乗客として乗せてあげたく、長女がJALの搭乗の音楽をスマホで流す。大勢のJAL職員の方の温かい心遣いに救われた」
沖縄から帰ってきた時は…。
「1人でさみしかったね。一緒に乗ってきてくれて」
「おかえり。みんなに会おうね、ともちゃん」
「友達会いに来てくれるから。かわいそうに」
「知華、喜んでいると思います。ありがとうございました」
航空会社は、遺体の積み下ろしが他の人に見えないよう、コンテナで壁を作り、さらに到着の音楽を流す配慮もしてくれたといいます。
遺族は事故の全容解明を強く望んでいます。
転覆事故遺族noteから
「家族想いで、家族で出かけるのをいつも楽しみにしてる子でした。家族4人で過ごせる幸せな時間はずっと続くものと思っていました。本当に、どうしてこうなってしまったのか。言葉が続けられません」
(2026年5月16日放送分より)
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