17年間所属したAKB48を2年前に卒業した柏木由紀(34)が20代後半で直面した過酷な難病との闘い、そして「生涯アイドル」として生きる決意を明かした。
「Re:MAKE 〜拝啓、あの頃の君へ〜」
3期生として加入し、総選挙3位に輝くなど第一線で活躍し続けた柏木。しかし、周囲の仲間たちがそれぞれの夢へ向かって卒業していく中、グループへの深い愛ゆえに一人、残留への葛藤を抱えていたという。
「AKB48は『その先の夢を叶えるための登竜門』みたいな感じで作られていたので『アイドルになりたい』という思いで入ってきた人がほぼいなくて、女優やタレント、モデルになりたいという人が多かった。でも私は『アイドルになりたい』『AKB48になりたい』って入ってきたから、これ以上やりたいこともないし、AKB48にもまだいたい。でもそんな人は1人もいなくてどうしようと悩んでいた。後輩のファンからも『お前がいなければ応援してる子が選抜に入れるのに』『早く枠を譲ってくれよ』などとすごく言われた。だから『何かAKB48にいられる理由がないかな』と探していた。そんな時に、秋元先生が『柏木は30歳までいてみたら?』と言ってくれて心強くてうれしかった」
心の支えを得て活動を続けていたそんな矢先、柏木を突然の悲劇が襲う。難病が発覚したのだ。
「10万人に1人がかかる脊髄髄内腫瘍が見つかった。脊髄に腫瘍ができる珍しい病気で、全く自分事と思えないぐらいピンとこなくて。あんなに毎日元気に歌って踊って何の問題もなかったのに…すぐ手術しなきゃいけない、となって手術をしたけど、術後は本当にきつくて歩くこともままならないし、ご飯を食べたり、何かを持つこともできなくて。『辞めるきっかけもなかったし、そういう運命だったのかな』と思うようにしていた。でも、病室で自分のいないAKB48が音楽番組に出ているのを初めてテレビで見て『やっぱりここに戻りたい。私の頑張る場所はここだ』って強く思った。周りの人やファンの方から『AKB48を見て元気をもらえてます。歌を聴いて元気になれます』と言ってもらうことがあったけど、それを初めて自分が実感した」
テレビの向こうで輝く仲間の姿が、彼女の生きるエネルギーとなった。そこからの回復劇は、医療スタッフさえも驚かせるものだった。
「そこから病院の先生もびっくりするぐらい急に元気が出てきて、歩けるようになって、階段も登れるようになって、1週間が経った頃には病室でAKB48の曲を踊れるくらい回復。そこから約2年。一生懸命、後輩のためにもAKB48のためにもファンのためにも頑張った。そんな中で卒業を決めた。それはAKB48にいてやり残したことがないと思えたから。後輩だと思っていたみんなが、だんだん同期のように、仲間のように仲良くなって支えてくれて。今いる後輩たち、仲間たちに次は自分の卒業を見送ってほしいなと思うようになった」
グループを卒業してからおよそ2年。個人となった今も、彼女の胸にある「アイドル」への情熱が消えることはない。柏木は、自身が描くこれからの未来と覚悟を語った。
「17年間AKB48として頑張ってきて、卒業した。でも、これからもずっとずっとアイドルを辞めたくない。いずれもしかしたら結婚したり子どもを産んだりしても、それでも私はアイドルだと言い続けたい。『アイドルの賞味期限』という言葉はまだまだ耳にするけど、自分がいつまで経ってもアイドルと言い続けてそれを心の底から応援してくれる人が一人でもいる限り、私はアイドルだと思う。『アイドルの賞味期限なんてなかった』と60歳とか70歳とかになった時にみんなに思ってもらえたら自分の人生、頑張った意味があるんじゃないかな」
(『ABEMA NEWS』より)
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