坂本龍馬や新撰組ゆかりの刀剣~コレクターが語る幕末ロマン 人切り半次郎の愛刀も

坂本龍馬や新撰組ゆかりの刀剣~コレクターが語る幕末ロマン 人切り半次郎の愛刀も
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「龍馬が手にしたかもしれない刀」から「新撰組ゆかりの甲冑(かっちゅう)」まで!コレクターが語る歴史ロマン。幕末を駆け抜けた志士たちの息遣いを、今に伝える刀剣の数々。前回に続き、刀剣コレクターの佐藤肇祐(けいすけ)さんのコレクションから、坂本龍馬や新撰組、水戸天狗党にまつわる品々を見ていきます。

【画像】龍馬も手にした? 坂本家ゆかりの貴重刀

坂本龍馬の周辺に伝わる刀剣

坂本龍馬も手にした?
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まだまだある、幕末の志士たちの刀剣。まずは、あの龍馬も手にしたのでしょうか。坂本家ゆかりの一振です。

佐藤さん
「坂本龍馬のおいっ子、坂本直という侍が所持したとされています」

姉の息子・坂本直
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姉の息子・坂本直は、龍馬が結成した亀山社中や海援隊でも活動。おいとはいえ7歳しか違わず、龍馬は弟のように感じていたといわれ、のちに龍馬の養子になりました。

佐藤さん
「坂本直の写真というのは、現存するのが1枚で、その写真の中に腰に差している大きい刀がこれだと伝わっています。もう1つ特出すべきは、この刀は相当なランクの刀剣の鑑定書がついています」

審査の基準は主に4つのクラスに分かれ、審査に通るだけでも難しい中、特別保存刀剣に認定された刀です。

佐々木亮太アナウンサー
「この刀というのは、例えばですよ、龍馬おじさんが『直。お前、いい刀持っているな、ちょっと見せてみろよ』みたいな、やりとりがあった可能性は?」

佐藤さん
「確実にあると思います。坂本龍馬という方は、自分も剣の達人ではあるんですけども、本当に刀をコレクションして、刀が大好きだったそうです」

父親から刀剣の購入で無駄使いを心配
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実は龍馬は、尋常ではないほどの刀剣マニアでした。土佐から江戸に剣術修行に行く際も、父親から刀剣の購入でむだ使いを心配されてしまうほどでした。

佐々木アナ
「いやぁ、そう考えるとちょっとまたこれは見る目が変わりますね」

佐藤さん
「ですよね。坂本龍馬が所持した可能性があるおいっ子の刀」

手紙に記述 龍馬の愛刀?

近江屋事件の2日前の手紙に記述
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続いては、近江屋事件の2日前の手紙に記述があったのでしょうか。歴史的発見となるかもしれない、龍馬の刀です。

佐藤さん
「この刀を所持していたと伝わるのは、坂本龍馬がつくった海援隊の、坂本龍馬の右腕と言われている石田英吉という方の所持品です」

石田英吉は、海援隊の隊士として活躍し、明治維新後は高知県の知事も務めた政治家です。佐藤さんは石田の刀が、元々は龍馬のものではないかと考えています。

「坂本家の家紋に見える」
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佐藤さん
「この拵(こしらえ)にある花、どことなく坂本家の家紋に見える」

佐々木アナ
「キキョウでしたっけ?見えますよね。思いました」

佐藤さん
「そして、こちらの目貫、坂本龍馬が暗殺された時、シャモ鍋を食べています」

佐々木アナ
「あっ、シャモ鍋!シャモだ!」

「龍馬が好んだと言われているシャモ」
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佐藤さん
「龍馬が好んだと言われていますね、シャモは」

佐々木アナ
「そうですよね」

刀剣マニアとして有名な陸奥宗光
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他にも、暗殺2日前に龍馬が書いたと考えられる手紙に、気になる刀の記述がありました。宛先は、刀剣マニアとして有名な陸奥宗光です。

佐藤さん
「坂本龍馬が実際に世に残している手紙があります。その文言の中に坂本龍馬が暗殺される2日前、短刀を研ぎに出していると。でその刀も中々おもしろい刀だ、ということを残してその数日後に暗殺されます。そして、その文言の中にある短刀、面白い短刀というのは、まだ見つかっていません。龍馬の右腕と言われている石田英吉が自分のところに所持していた可能性は強いと思います」

佐々木アナ
「そうですよね。もう龍馬さんが亡くなったから、研ぎに出していたのを、私が引き取りますと」

佐藤さん
「その手紙をやりとりしていたのが陸奥宗光。陸奥宗光と石田英吉は親友です」

奇跡の発見になるかも
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龍馬は少なくとも15振の刀剣を持っていたとされていますが、所在が判明しているのはわずか5振ほど。佐藤さんは、これが6振目になるのではないかと、正体不明のうちに先買いしたのです。今後、もし古文書が見つかったり、新たな史実が判明したりすれば、奇跡の発見になるかもしれません。

「人斬り半次郎」の愛刀

人切り半次郎の愛刀
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続いては、都内の資料館でも展示された人斬り半次郎の愛刀です。

佐藤さん
「中村半次郎」

佐々木アナ
「人斬り半次郎の刀!」

佐藤さん
「そうです、おっしゃる通りです」

中村半次郎こと桐野利秋は、西郷隆盛の右腕的存在
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中村半次郎こと桐野利秋は、西郷隆盛の右腕的存在で、明治維新後は陸軍少将となりましたが、西南戦争で戦死します。

佐藤さん
「おそらく実戦で使われております。かなり研がれていますし」

佐々木アナ
「結構、長い銘が入っていますね」

「見事な銘が入っている」
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佐藤さん
「見事な銘が入っていますね、中村半次郎利秋」

佐々木アナ
「はっきりと書いてあります。そこにあるのが?」

西南戦争の絵図
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佐藤さん
「これが桐野さんですね、これは西南戦争の絵図ですかね。西郷隆盛さんが一発の銃弾をお腹に受けて『もうこのへんでよか』と言って自分の部下に首を斬らせた。その死を皆で看取りました。西南戦争、明治10年9月。その死を看取った30分後にこの桐野利秋は壮絶な戦死をしています」

佐々木アナ
「この刀がつまり、西郷隆盛の最期を見届けた証人かも知れないということですか?」

佐藤さん
「その可能性はあると思います。桐野さんが腰に差していれば、西郷さんと常に接していますから」

ネットオークションで発見 水戸天狗党の刀剣

水戸天狗党
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歴史ロマンが止まらない佐藤さん。続いては、教科書にも出てくる水戸天狗党、その猛者が持っていた刀剣です。

佐藤さん
「水戸天狗党でもっとも恐れられたと言われている田中愿蔵という悪名高い侍の刀です」

幕末、水戸藩で結成され、尊王攘夷(じょうい)を掲げて幕府などと対立した熱狂的政治集団・水戸天狗党。中でもメンバー200人ほどを率い、猛者と呼ばれた田中愿蔵は、町に火をつけるなど悪名高い人物でした。

どうやって入手?
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佐々木アナ
「これはどういった入手経路なんですか?」

佐藤さん
「これはネットオークションです」

佐々木アナ
「ネットオークションで真贋(しんがん)はどうやって分かったんですか?」

佐藤さん
「これは間違いないものだと確信しました。その理由は昭和11年に東京の松坂屋さんで特別展示された来歴がある。その当時の完品の新聞記事が一緒に付属しております。それが証拠です。疑う余地はないと思いますね。なので、この刀に関しては、日本の鑑定機関に出す必要はないと思います。大正時代の鑑定家の鑑定では、相模国秋広です」

猛者と呼ばれた田中愿蔵
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とはいえ、なぜ「火付けの愿蔵」ともいわれたほどの人物の刀剣を入手したのでしょうか。それには佐藤さんのこんな思いがありました。

佐藤さん
「今までの言い伝えでは、火付けの愿蔵と恐れられた方なんですけど、天狗党のトップの武田耕雲斎の右腕と言われた藤田小四郎と仲が悪かったので、天狗党の罪名・悪名を田中愿蔵が押し付けられたという可能性もあります。だから私は田中愿蔵という人を、本当に世に言う悪党なのかな?と思いたいという気持ちもあります」

新撰組局長の近くにいた隊士の甲冑

新撰組局長・近藤勇の腹心が着用していた甲冑
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次も同じく幕末から、新撰組局長・近藤勇の腹心が着用していた甲冑です。

佐藤さん
「この甲冑を着ていたのが、新撰組の隊士の者です」

佐々木アナ
「浅葱(あさぎ)色の山がギザギザになっているイメージなんですけど」

佐藤さん
「市中警護のだんだら模様ではなくて、あれはあくまでも街中で探索するための衣装なんですけど、これは戊辰戦争のころの甲冑だと思います」

静岡県の寺院に保管されていたものを譲り受け
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静岡県の、とある寺院に保管されていたものを譲り受けたそうです。

佐々木アナ
「これ上に『局長付」って書いてあるのは何ですか?」

佐藤さん
「諏訪市次郎という方は、新撰組の末期の隊士です」

佐々木アナ
「局長付ということは、近藤勇の近くにいたということですか?」

佐藤さん
「そういうことですね」

「諏訪市次郎は新撰組の末期の隊士」
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こうして残された甲冑や遺品の一つひとつは、単なる武具としてではなく、幕末という激動の時代を生きた人々の選択や葛藤、そしてその後の歴史の中でどのように受け継がれてきたのかを静かに物語る存在となっています。

(2026年5月21日放送分より)

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