“史上最強”とも称されるサッカー日本代表は、北中米ワールドカップでどんな景色を見ることができるのか。
かつてエースストライカーとして日の丸を背負い、日本をW杯本選初出場へ導いた一人・城彰二氏と、
日本に『ジャイアントキリング』の言葉を広め金字塔を打ち立てた漫画原作者・綱本将也氏の初対談が実現。
なぜ綱本氏はアトランタ五輪を舞台とした作品をいま手がけるのか。
そして、今回のW杯への希望をこれまでの日本サッカー史を振り返りながら、同じ時代を知る2人が熱く語る。
「先生はすごく正直、だから面白い」
Q:なぜアトランタ五輪を題材にした『ATLANTA 1996』をいま描くのか?
綱本:“サッカー漫画の歴史書”のようなものは恐らくないので、初めてやってみようかなと思ったわけです。
“サッカーバブル”だとか、僕らが通り過ぎてきたものは若い人にも知らせたいなと。
あと自分がアトランタ世代だったので、ずっとアトランタに囚われてるんです。
Q:『GIANT KILLING』はサポーターや社長、強化部長など様々な立場の人たちに焦点を当てているが?
綱本:サッカーの中のプレーをしている一面は一面で、それを作り上げている人たちっていうのが外側にいるので、やっぱりそれを描かないと話にならないかなと。
城:『ATLANTA 1996』などでも結構際どいことも描いていますよね。
よくご存知だなと思っていることがいっぱいあって。
内通者がいるんじゃないかと思うぐらい。
綱本:大体そういうことをなされていたんだろうなっていう、あれは想像です。
城:ああいうのは合っています。
間違いなく100%合っていると思いますね。(笑)
綱本:あの時、僕らは大学に入ってすぐだったんですよ。
学食で200円ぐらいのカレーを食べているような時に「(サッカー選手は)いい思いをしているのだろうな」とか。
当時のその怨念というか、それが描く時に出てきたというか。
城:すごく正直な方なんですね。
そこはちょっと抑えようかなとかってないですもんね?
綱本:ないですね。(笑)
城:だから先生の漫画って面白いんだなと思って。
1996年アトランタ五輪、日本の初戦の相手は優勝候補のブラジルであった。
猛攻に耐え続け、スコアレスで迎えた後半27分に日本の伊東輝悦選手がブラジルのネットを揺らし1-0でジャイアントキリングを成し遂げた。
1996年当時、日本代表のFWであった城氏とサポーターであった綱本氏。
日本サッカー史上で欠かすことのできない『マイアミの奇跡』を2人はどう振り返るのか。
城:先生は『マイアミの奇跡』見てました?
綱本:もちろん見ていました。
まさか勝てるとは思ってなかったです。
驚いたというか、「何が起こったんだ?」っていう。
「あれ、ブラジル点取れないんだ」って感じで終わっていったので。
城:めっちゃ強かったですよ。
大人と子どものサッカーみたいな。
当時、ブラジル代表は“怪物”ロナウドやロベルト・カルロスらが名を連ね最強といわれていた。 そのような相手に対して、なぜ日本代表は“世紀の番狂わせ”を起こすことができたのだろうか。
城:もうブラジルに穴はないと。
でも唯一、ディフェンダーのアウダイール選手とゴールキーパーのジーダ選手の連携があまり良くないという分析があって、キーパーとディフェンスの間にボールを送ろうっていう、その戦術しかなかったんですよね。
あとはとにかく守れと、西野監督がそんな分析を出して。
綱本:「(日本の)攻撃陣と守備陣が、あまり意思の疎通をできなかった」みたいなことを言われていましたけど、本当にそうなんですか?
城:本当にそうです。
個性的なメンバーが揃っていたんですね、このアトランタって。
それで自分たちの想いが、すごく強い選手が多かった。
フォワード陣は「どれだけ通用するかやってみたい」。
前園さん、僕、中田ヒデ。この3人が前線のキーだったので「俺たちは攻めたい」
ディフェンス陣は「勝つためには守るしかない、攻撃的にはいけない」
これがもう完全に意見分裂しまして、言い合いになって。
そこで西野さんが「とりあえず意向はわかったが、最終的には俺が決めるからそれに従ってくれ」と。
そしてチームの方針が「とにかく失点をしないようにまず引く」となった時に、俺たちは「もうふざけんな、やらねえよ」っていう話になって、練習の態度をめちゃめちゃ悪くしたり。
「やっぱりこの大会だから勝ちに行きたい」
Q:どのようなきっかけでまとまった?
城:西野さんに「お前たちがチャレンジしたいのはわかる。でもやっぱりこの大会だから勝ちに行きたい」
「力の差があるから勝つためにはやっぱりまず守備しないと無理だ。だから分析通り、チャンスになったらそこに行くっていうことを心がけてやってくれ」
「それを信じてくれ」と言われて。
それと、キャプテンの前園さんが初めて、「よし、守備しよう」と。
「とにかくチャンスだと思ったら行こう。あとはピッチの中で俺たちが変えればいいことだから、監督には守備しよう、ちゃんとしますって言え」って言われて。
「じゃあわかりました」って。
前園さんとは (高校の学年が)3年と1年の関係なので、僕はもう何でも「はい」って聞かなきゃいけない(笑)
それで僕たちは最終的に納得して、「じゃあやろう」って。
それがもう、そういう感じで…。
綱本:(チームが一つの方向に)ハマったんですね。
城:僕らは個性が強かったので、内紛というか、意見の食い違いがものすごくあって。
それでも一個の方向に向かった時に、みんなで何かやるっていうパワーがすごかったので、こういう結果になったのかな。
Q:ブラジル戦の勝利を活かして次戦でも「守備重視で」とはならなかった?
城:ならなかったですね。
なぜかナイジェリアのことはブラジルよりも下だって思ってしまってたんでしょうね。
綱本:僕ら一般人でも、ブラジルはとことん強いけど、ナイジェリアとかには何とかなるんじゃないかみたいなイメージだった。
城:多分それを僕たちも思っていて、戦い方を変えてしまい、最終的にはよくない結果になってしまった。
グループリーグ2勝1敗ではあったものの、得失点差により惜しくも敗退となったアトランタ五輪日本代表。
“世界を知らなかった”
Q:総じて「世界を知らなかった」という一言に集約される?
城:そうですね。
28年ぶりに国際大会(1968年メキシコ五輪)に出て以来、いままで本当の世界で戦えてなかったっていうのがあって。
だからもう本当に楽しみにしていた。
いま自分たちが置かれている状況とか、世界と比べたレベルってどこなんだろうなっていう楽しみしかなかった。
あと、アトランタ組は「生意気世代だ」って言われていて。
当時のA代表(年齢制限のない代表)よりも俺たち(Uー23代表)は強いと思って、「全部総入れ替えしてやる」ということを言ってるぐらいの世代だった。
でも世界で戦ってやっぱりレベルが違うなと。
「もっと俺たちがいろいろやらなきゃダメだな」っていう、そういう先につながっていった大会でもあった。
僕たちにとっては本当にいい経験でしたね。
だからもっと上で試合を積み重ねたかったというのはありますけど、3試合で終わってしまったのはちょっと悲しかったですね。
現代とは環境も状況も違う当時ならではのエピソードも。
Q:『マイアミの奇跡』 その後は?
城:ブラジル戦の後、僕たちは「勝っちゃったね。すごいこと起きたね」っていう感じだったんですけど、でも実感がなくて。
圧倒的にやっぱり内容は負けていたので、勝った気分ではなかった。
日本で自分たちがどう報道されてるのかもわからない。
当時はFAXが送られてきて、日本の新聞がこうなってるとか、その情報を僕たちが見るっていう。
それしかなかったんですよ。
それで、ブラジル戦の次の日もFAXが届くはずなんですけど、なぜかその日は届かなかったんです。
だから全く日本が盛り上がってるとは思ってなかった。
もしかしたら意図的に西野さんが見せなかったのかもしれないですね。
これだけすごいことになってるぞっていうのを見ると調子に乗る世代だったので、俺らが。
Q:日本の家族や友達からメッセージが来るというのもなかった?
城:全くないですよ。全然。
綱本:電報しかない。やろうとしたら。
城:そうですよね。(笑)
海外では僕たちの電話は遮断されるんですよ。
それで、家族から緊急の用事があったら合言葉を言って、内線につながるっていう。
綱本:「山・川」みたいな感じですね。
城:本当にそうなんですよ。それは情報遮断のためと、いたずら電話も多かったので。
綱本:面白いですね。こんな話は絶対聞けない。
激闘・ブラジル戦の後、バスで…
城:めちゃめちゃだったんですよ、このアトランタは。いろんな事件も起きて。
ブラジル戦後の練習に行く時にバスがなかなか来なくて。
約束の時間に来ないから、みんな「おかしいね、おかしいね」ってなって。
30~40分ぐらい遅れてバスが来たんですよ。
それで後から現地の人に聞いたら、「バスの停留所のところで爆弾が仕掛けられてた」と言うんです。
犬が爆発物を察知したらしく、その入れ替えをしたりとかで遅れたと。
それを聞いて、「マジかよ、よかったね!俺たち殺されなかったね」っていう。
綱本:その話を聞いて、俺らがマジかよです。
熾烈な争いとなった第2戦の後にも事件があったようだ。
城:あとナイジェリア戦の後かな?
試合が終わって帰ってきて、一回部屋に戻ろうと思ったら、部屋の中がものすごい荒れてるんですよ。
「なんだこりゃ」ってみんな出てきて。
そうしたら実は泥棒に入られていたらしく、時計がないとか、バッグ盗まれたとか…。
それで僕たちは食事会場に緊急で集められて、FBIの人たちが来て、犬を連れてきて…。
だから僕たちは部屋に戻れずに、食事会場でずっと過ごしていたっていうことがあったんですよ。
本当にきつかったですね。
試合が終わって、「また次もあるから」と思っていたところで荒らされていて…。
そんな最中でも思わず笑ってしまったエピソードもあるようで…。
城:でも秋葉(忠宏)と遠藤(彰弘)2人の部屋だけ物を取られていなかったんですよ。
なんで?と思ったら、あの2人で生活するとめちゃめちゃ部屋が汚いんですよ。
だから多分、泥棒が部屋に入った瞬間に「あ、これ荒らした後だな」と思ったんじゃないかな。
ベッドサイドに財布と時計も置いてたらしいんですけど、それも取られてなかったっていう。
そういうエピソードもあったりとか。
本当にいろんなことが起きたアトランタでしたね。
様々な“想定外”があった1996年から30年という月日が経過したいま、日本代表は北中米W杯を戦う最中にいる。
後編では日本代表への大きな期待やW杯の展望について2人に迫る。
城 彰二 (じょうしょうじ)
1975年、北海道室蘭市生まれ。元サッカー日本代表。
アトランタ五輪(1996)やフランスW杯(1998)でもエースストライカーとしてチームを牽引。
現在はサッカー解説者としても活躍。
綱本 将也 (つなもとまさや)
1973年、東京都生まれ。漫画原作者。
『ATLANTA 1996』 『Mr.CB』 『GIANT KILLING』 など、サッカー漫画を中心に数々のヒット作を手がける人気スポーツ漫画原作者。
Jリーグ創世記から『ジェフユナイテッド千葉(現在の呼称)』の熱狂的なサポーターとしても知られる。
これまでにJリーグだけでも(ジェフを中心に)約1000試合観戦しており、過去にはジェフの全試合観戦を8年間続けたこともあるという。
■『ATLANTA 1996』 2巻 “アトランタの熱狂が蘇る、アトランタ五輪サッカー譚”
■『Mr.CB』 18巻 “サッカー業界初!? 熱き魂のCB(センターバック)コミック”
6月19日 同時に発売される最新作にも長年サッカーを見つめてきた綱本氏独自の視点が反映されている。
