能條は、三田寛子が梨園に嫁いだ際、日本舞踊や茶道、華道、さらには和食や中華のお料理など、「ものすごい量の習い事を一気に始めた」というエピソードを聞いて「到底足元にも及ばない」と大きな衝撃を受けた。そんな偉大な母に「ちょっとでもお義母様に近づけるように」と、能條自身も婚約中から日本舞踊の中村流のお稽古をスタートさせた。
お稽古を担当する橋之助の叔母であり紫綬褒章を受章した2代目中村梅彌は、能條について「すごい素直で優しいし、私たちが寄ってたかってあーだこーだ言っても全部素直に聞いてくれるから、お着物も1人で着られるようになっちゃった」と大絶賛。能條は「奥さんはお着物が制服になるので、1人で着られるようにならなきゃいけないと勉強しました。立ち上がり方1つで気品が全然違う」と語り、梨園の妻としての自覚とたゆまぬ努力をのぞかせた。
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