
天皇陛下による18分間のお言葉。実は、晩餐(ばんさん)会の直前まで雅子さまと内容を練られていたといいます。舞台裏を取材しました。
“18分のお言葉”舞台裏
和やかな雰囲気の中で、記念撮影に応じられる両陛下。
晩餐会は時間を延長して、夜中まで続いたそうです。
陛下の18分のスピーチの中で、注目を集めたのは戦争に関するスピーチです。
天皇陛下
「長きにわたる両国の友好と交流の歴史を振り返る時、過去に苦難の時期があったことも同じく、決して忘れてはなりません」
この後、思いがけないことがあったようです。
社会部 秋本大輔記者
「晩餐会が終わった後に場所を移して、コーヒーを飲みながら自由に話す場面があった。その時に両陛下は、国王から紹介されるような形で戦争被害者や遺族団体の代表2人と言葉を交わされました。代表からは、この問題は終わっていないとしたうえで、両陛下の今回のお言葉や第2次世界大戦の戦没者らに花を手向けられた時の真摯な姿勢がありがたかったという話があったということです」
「晩餐会は盛り上がり、午後11時20分ごろまで続きました」
関係者から賛辞があったのは、このスピーチです。
天皇陛下
「先の大戦の中で多数の民間人を含む多くの尊い命が失われ、多くの人が傷ついたことは誠に悲しむべきことであります。私たちは絶えず謙虚に過去の歴史から学び、悲しみを繰り返さないよう、悲惨な体験や苦労を後の世代に伝えていかなければなりません。そして、今なお当時の痛みを負い続けている人々がおられることに思いを致し、平和への努力を続けていかなくてはならないと思います」
陛下は第2次世界大戦で両国にとっての暗い側面があったことについても話されました。
秋本記者
「スピーチの内容については皇后さまと共に晩餐会に臨むギリギリの時間まで表現を推敲(すいこう)されたということです。両陛下は晩餐会が終わると、少しほっとされているような様子だったということです」
平和への思いは上皇さまから陛下へ
第2次世界大戦で日本とオランダは敵対した過去があります。
1971年、昭和天皇がオランダを訪問した際には、大勢の市民が日の丸を焼き、抗議しました。プラカードには「去れ」と書かれています。
そうした国民感情の中でも、オランダ王室と日本の皇室の交流は続きました。
上皇ご夫妻がオランダを訪問した際には、窓から身を乗り出した学生らと気さくに話をされる様子がありました。
現地メディアは当時、「日出ずる国では、一般人が天皇に近づくことなどない。しかし天皇はその迷いを自ら解きほぐすように手を差し伸べられた」と報道しました。
平和への思いは上皇さまから陛下へ。
両陛下は晩餐会の前に、第2次世界大戦の戦没者記念碑に花を手向けられました。
黙とうは長く、90秒間頭を下げられました。
この様子を見たオランダ国民は…。
「私たちの王室ととても親しい関係にあり、良好な関係を築き助け合っています。つながりを保ち続けることはとても重要だし、顔を合わせたりすることは会わないことよりもずっと大切だろうと思います」
まだ問題も…
日本への印象はよくなっているとはいえ、まだ問題は残されています。
クリスティーン・ファンデンヘメルさん(95)
「日本の占領時代はとてもひどかった。夫は瀕死(ひんし)の弟のためにコメを盗んだら銃剣で3カ所刺されました」
今年95歳のファンデンへメルさんは日本軍が占領した旧オランダ領東インド、現在のインドネシアで生まれました。父親は日本軍の収容所に送られた後、亡くなりました。
「国民を悪く言うことはできません。国民はいつも被害を受ける側だからです。戦争を決めるのはほんの数人の権力者です」
陛下は両国の関係について、こう述べられています。
「将来に向けた平和への願いの下、両国が共に歩みを続けていくことを心から願います」
陛下の公務は18日も続きます。ハーグに移動して、オランダの首相と面会されるほか、国際司法裁判所がある平和宮を訪問される予定です。
(2026年6月18日放送分より)
この記事の画像一覧
