遺族「証拠の全面開示は進んでない」『日野町事件』無罪確定へ 検察が有罪立証を断念

遺族「証拠の全面開示は進んでない」『日野町事件』無罪確定へ 検察が有罪立証を断念
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42年前、滋賀県日野町で起きた強盗殺人事件のやり直し裁判で、検察が有罪の主張をしないことを決めました。無実を訴えながら、服役中に亡くなった阪原弘さんの無罪が確定することになります。

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検察有罪立証を断念

発生から半世紀近く。ようやく見えてきた無罪判決に、遺族は。

阪原弘さんの長男 阪原弘次さん
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阪原弘さんの長男 阪原弘次さん
「ほっとしました。検察官が有罪立証しないと表明した時に、あまりにもうれしくて隣にいる長女と握手しました。それぐらいうれしかったです」

阪原弘さんの長女
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阪原弘さんの長女
「長いこと待たせた。喜んでくれているだろう。こんなこともあったな、あんなこともあったなと、ずっと天井を見ながら考えていました。やっぱりここに父がいてほしかった。うれしいですが、やっぱり寂しいなと思いました」

事件が起きたのは1984年。滋賀県の日野町で酒店店主の女性(当時69)が殺害され、金庫が奪われました。事件から3年後、滋賀県警に逮捕されたのが、店の常連客だった阪原弘さん。逮捕前の取り調べで犯行を自白したことなどを理由に、無期懲役の判決を言い渡されました。しかしその自白は強要されたもの。阪原さんは弁護士との接見で、こう話していました。

阪原弘さん(1988年4月)
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阪原弘さん(1988年4月)
「娘がかわいいので、どれだけ拷問を受けても死なないと思っていたが、娘のことを言われた時には応じないと仕方がないと。やったと言った限りは、嘘のことでも話を合わせないといけないと思って、ずっとそのように合わせました」

経緯
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阪原さんは2001年、大津地裁に再審を開くよう申し立て、その審理中に病気のため、この世を去りました。その後、遺族が再審請求を引き継ぎ、認められたのは25年後。再審開始の決め手となったのは、2度目の再審請求で、検察がようやく開示した証拠でした。

調書では、阪原さんが自ら金庫が捨てられていた場所などを案内したとされていました。しかし、ネガフィルムを確認すると、来た道を戻る際に撮られた写真が、現場に向かっているかのように使われていたことが分かりました。証拠開示がなければ、再審は実現しなかったとも言えます。

阪原弘さんの長男 阪原弘次さん
「検察の証拠によって有罪判決を受けて、その証拠によって、いわゆる再審開始が確定したわけです。いかに証拠の開示が大事か、私は皆さんに訴えたい」

しかし、その証拠開示は法改正によって後退しかねないという指摘もあります。

再審見直し 参院で審議入り

参議院で19日、再審に関する法律の改正案が審議入りしました。証拠の開示については、関連性や必要性を考慮するとしていて、野党は開示される範囲が限定されるのではないかと修正を求めています。

立憲民主党 打越さく良参院議員
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立憲民主党 打越さく良参院議員
「肝心な部分になお多くの抜け道を残しています。この法案で本当に冤罪(えんざい)からの確実な救済が実現できるとお考えですか」

一方、高市総理は修正には応じない考えです。

高市早苗総理大臣
「本法律案について様々なご意見があることは承知していますが、本法律案の制度の見直しと、その適切な運用により、誤判からの確実な救済と、再審手続きの円滑・迅速化が実現するものと考えております」

証拠開示を求め続けた日野町事件の遺族からは、懸念の声が。

阪原弘さんの長男 阪原弘次さん
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阪原弘さんの長男 阪原弘次さん
「証拠の全面開示に関しては全然進んでいない。衆議院で可決され(審議が)参議院に移りましたけど、少なくとも参議院で冤罪被害者のために善処して、修正法案を衆議院に戻してほしい。切に願っております」

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