上皇さま「退位」の舞台裏、元宮内庁長官が見た覚悟 象徴天皇と加齢の間にあったジレンマ

上皇さま「退位」の舞台裏、元宮内庁長官が見た覚悟 象徴天皇と加齢の間にあったジレンマ
この記事の写真をみる(5枚)

 政府は皇室典範などの改正案を閣議決定し、衆議院に提出しました。天皇や皇室の在り方や未来について、どのように考えたらよいのか、2005年から12年まで宮内庁長官を務め、上皇さまの時代を支えた羽毛田信吾さん(84歳)に話を聞きました。

【2016年の映像】天皇陛下「お気持ち」表明 ビデオメッセージで公開

 羽毛田さんは厚生省(現厚生労働省)の事務次官を経て、01年に宮内庁次長、05年に長官に就任。小泉政権時の皇室典範改正をめぐる議論や、女性宮家創設の議論など、皇室の在り方をめぐる課題に向き合ってきました。06年に悠仁さまが誕生した際には、皇統譜に宮内庁長官として署名をしました。

 6月下旬、取材に応じた羽毛田さんは、上皇さまの退位をめぐるエピソードや、美智子さまと上皇さまのご様子などを語りました。

陛下のご意向に「正直びっくり」

ーー上皇さまの退位の話を最初に聞いた時、どのような状況で聞いて、どのように感じましたか

 私がまた在任中の2010年頃だったでしょうか。陛下から「これから先、象徴天皇としての務めを果たすことが体力的に難しいというような状況になった時には、自分は譲位(退位)をして次の世代に譲ったほうが、象徴天皇の在り方としても、国民のためにも、また後に続く人たちのためにもいいと思う。そうしたいので検討してくれ」という内々のご意向がありました。

 正直びっくりしました。私も各参与(天皇陛下の相談役)も一緒だったのですが「陛下、今まで生涯をかけて国民のために身を尽くしてここまで務めてこられました、そういう中で譲位というかたちで天皇をお退きになると国民を非常に落胆させることになり、築き上げられた象徴天皇像を損なうことにもなりませんか」と申し上げたことを覚えています。

羽毛田信吾さん
拡大する

ーーそれに対して陛下の方からは、なかなか皆さんの意見は受け入れられないという話があったと

 そうですね。その時、我々は「陛下はこれまで国民のための実践を、身を粉にしてやっていらっしゃった。したがって、この際、象徴天皇としての地位と、それに伴う実践は分けて考えて、実践の面については他の皇族に少し分担をしていただいても、陛下が今まで積み上げたものがお有りになるわけだから、象徴天皇としての地位は損なわれないのではありませんか」という趣旨のことを申し上げました。

 それに対して、陛下は言下に「自分はそうは思わない」と。「象徴天皇としての地位と その地位に伴う実践活動というのは一体不可分のもので、そういう実践活動あってこその象徴天皇だ。したがってそういう考え方については、非常に違和感を持つ」ということをおっしゃいました。その時、我々も陛下の象徴天皇にかける覚悟の程を厳粛な思いで受け止めたことを思い出します。

サイパン島への出発を前に、羽田空港の貴賓室でお言葉を述べる天皇陛下と皇后さま。後ろは羽毛田信吾宮内庁長官、渡辺允侍従長、川島裕式部官長=2005年06月27日、東京・羽田空港で、朝日新聞社提供
拡大する

ーー憲法や皇室典範で定められた摂政を選択するという話は出たのでしょうか

 我々として「あり得るのではないでしょうか」ということは申し上げました。しかし、これも陛下は「摂政というのは未成年であったり、あるいは重い病気であったりして、務めができない時にするもので、言ってみれば時限的な制度だ。人生の終わりのあたりで、体力的な制約があり、象徴天皇としての役割を十分に果たすことが難しくなった時にやれる制度ではない」ということをおっしゃっていました。

ーー参与の皆さんは相当びっくりされたのではないでしょうか

 その時、陛下は「自分はそういうふうに思うので、よく検討しておいてほしい」ということで、今後議論をしていくということで、いわばさしかけで終わったような状況でした。しかし、その後も陛下は一貫してそのお考えが変わることはありませんでした。我々も議論を重ね、陛下のお気持ちを伺っている間に、これは象徴天皇のあり方と、誰しもに来る加齢ということの間にあるジレンマを考え抜かれた上でのご覚悟なのだ、ということが分かりました。そうなれば、そこから先はいかに円滑に、皆に受け止めやすい形で打ち出し、進めていくことを考えるようになりました。

大きかったビデオメッセージの役割

ーーこうした動きには政治への働きかけというのも必要になってくると思いますが

 政治のみならず、国民の方々への話としても、いきなり持ち出せば非常に混乱もあり得ることでした。そのため、状況を見ながらよく検討し、しかるべき時にということで、そういう意味では水面下での動きも多かったことは事実ですし、宮内庁内の会議にとどめての議論が長かったことも事実です。

ーー陛下の「地位と実践は不可分」という思いを政治側が受け止めてくれたという実感はありましたか

 最初は僕らと同じで、陛下の思いを理解することに難しい部分はあったと思います。しかし、議論する中で、特に「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」の議論の中で、随分と理解が進んだと思います。大島理森・衆議院議長のもとで様々な議論がされる中、その言わば集約のようなものが特例法の第一条で、陛下のお気持ちの記載もある。象徴天皇のあり方と加齢に伴う制約との関係を考え抜かれた陛下のお気持ちを、政治の側も国会も含めて分かったということでしょう。

 それには天皇陛下自ら表明されたビデオメッセージが大きかったと思います。私自身それまでの経緯を見ていましても、あのお言葉が陛下のご趣旨・お気持ちを100%表していると思いましたので、ご理解をいただけた一つの要因じゃないかなと思います。今回の退位に関して言えば、陛下でなければ分からない、陛下でなければ語れない事柄ですから、非常に良いことだと私は思います。

二つの異なる「安定」の意味

ーー皇位継承を安定的に進めるという点については上皇さまもかなりお心を砕かれていたと思います。上皇さまのご様子や、お気持ちはどのようなものだったのでしょうか

 上皇陛下は将来にわたり安定的に皇位が継承されるか、見通しが立たないということについては、やはり非常に心配されていました。それからある種、天皇陛下の地位にあるものとして、道筋をつけていかないまま時が過ぎていくということに、ある種の焦りのようなお気持ちがあっただろうと思います。

街頭の大画面で天皇陛下のお気持ちを示したビデオメッセージが流され、通りかかった人が見上げていた=2016年8月8日、東京・新宿、朝日新聞社提供
拡大する

ーー退位ということは安定的な皇位継承とは少し距離がある話で、退位をしたから安定的に皇位がこの先も継承されるという話ではないようにも思いますが

 制度として安定的に継承していくということは、皇位継承資格のある方が規定上今後ともしっかりと得られるかどうかという問題です。その一方で、象徴天皇としての在り方というものがしっかりとつながっていくかどうかという問題もあります。象徴天皇の在り方の継承について言えば、お歳を召すなどして体力等の限界があり、象徴天皇としてのお務めを十全になかなか果たせない状況になったときには 次の世代の方にバトンタッチをしてその方が十分な象徴天皇としての働きをなさる、という形の方が安定的でしょう。

 つまり二つの異なる「安定」の意味があるのだと思います。そもそも象徴天皇となるべき人が得られるかという問題と、その象徴天皇たる人があるべき姿として続いていけるかどうかという問題。ハードとソフトみたいな話かもしれませんが、そうした話なのだろうと思います。だから安定といってもちょっと意味合いが違ってくるのかもしれません。

上皇后さまは「大きな支え」

ーー上皇さまは折に触れて美智子さまへの感謝を述べられていますが、おそばでお仕えになっていて、どういうご夫婦だと思いましたか

 上皇陛下のこうしたい、あるいはこういうふうにすべきだっていうお考えを、一番ご理解をなさってらっしゃるのはやはり皇后陛下だったと思います。

上皇さま「退位」の舞台裏、元宮内庁長官が見た覚悟 象徴天皇と加齢の間にあったジレンマ
拡大する

 上皇陛下がこうしたいという大きな方針を、どうやったら実現できるかという点について知恵をしぼり、あるいは我々にこういう点を検討したらどうかといった形で助言をくださることも多くありました。陛下のお考えを実現するにはどうしたらいいのか非常に考えていらっしゃったのだと思います。

 恥ずかしながらお仕えしていた私たちが「なるほどそうか!そうやったら良いのか」と示唆を受けたこともたくさんありました。要するに、大方針を出されたらそれをいかに実現するかというところに、心を砕かれ、また知恵も出される、そういうご存在でした。

ーーいわゆる一般の家庭でお育ちになった美智子さまと一緒になったということが、上皇さまにとってどういう意味をもたらしたのでしょうか

 私自身にそこまでの観察眼がなかったので私からは言えませんが、陛下ご自身が象徴天皇としての務めを果たすにあたって、いかに大きな支えになったかっていうことをおっしゃっているので、その言葉どおりじゃないでしょうか。

この記事の画像一覧
外部リンク
この記事の写真をみる(5枚)
このまま画像を見る
続きは広告を見た後にご覧いただけます
クリックして広告を見る