当時人気だった俳優の加勢大周に「新」をつけた芸名で鮮烈なデビューを果たした、タレントの坂本一生。過去に2000万円の借金を抱え、フリー転身後は月収5万円にまで仕事が激減する苦境を経験した。ABEMAの密着番組「NO MAKE」は、家族を養うために「足場組み」など10個以上のアルバイトに奔走した過酷な返済生活に迫った。
【映像】「元・新加勢大周」話題になった55歳激変ショット(実際の様子)
1993年に「新加勢大周」の名で芸能界入りした坂本一生。その特殊なデビューは、改名問題でNHKのトップニュースになるほど世間を騒がせ、坂本自身も外で取材を受けている最中に中身の入ったコーラを投げつけられるなど、激しいバッシングを経験した。その後、芸名を「坂本一生」に改名し、騒動で得た知名度と持ち前の運動神経を武器にスポーツタレントとしてバラエティ番組を中心に活躍。最高月収は300万〜400万円にのぼった。
しかし、順調に見えた芸能生活は、ある金銭トラブルによって暗転する。知人に誘われたビジネスにより、2000万円の借金を抱えることとなったのだ。坂本は借金を受けて当時所属していた松竹芸能を退所。事務所にいた方が仕事は手に入りやすいと理解しつつも、「2000万円というのはちょっと無理かもしれないなって。その間ずっと後ろ指をさされて迷惑をかけたくない」と当時の葛藤を振り返った。
どこにも所属せずフリーとして活動を始めたものの、芸能活動の月収は5万円にまで落ち込み、仕事は激減した。当時、結婚しており妻子を養う必要があった坂本は、生きるためにアルバイトを掛け持ちする生活をスタートさせた。
昼間は建築現場の「足場組み」などの肉体労働をこなし、夜は週に2回、新宿・歌舞伎町のホストクラブで働いた。さらにラーメン屋での勤務も経験したが、店には酔客が多く、「お前、あいつだろ?新加勢のあれだろ?」などと絡まれ、強引に写真を求められる日々に嫌気がさして辞めたという。また、探偵業にも挑戦したが、すでに顔が知れ渡っていたため「あなたが尾行していたら気づくでしょ」と言われ、思うように仕事は得られなかった。
坂本は、こうした様々なジャンルのアルバイトや営業の仕事を懸命に掛け持ちし、およそ8年という長い歳月をかけて2000万円の借金を全額返済した。
(『ABEMA NEWS』より)

