かつてアイドルオーディションに100回以上落ち続け、闇落ちの迷走状態にあったという上谷。そんな彼女は、偶然見つけた「ヒャダインさんが楽曲提供する、プロレスアイドルグループの初期メンバー募集」に応募し、見事合格を果たす。しかし、面接で「痛いことはやらないから安心して!」と言われていたにもかかわらず、お披露目ライブから2ヶ月後には気がつけばリングの上で「女子プロレスの練習生」になっていた。
アイドル活動を続けるための選択肢として、母には内緒のままプロレスの練習生との掛け持ちをスタートさせた上谷。朝10時から夕方5時まで及ぶ過酷な練習や、先輩のセコンド業務などのサポートをこなしつつ、アイドルのライブ公演も時給1000円で両立していたという。
そんな過酷な二刀流生活を送るなかで、上谷の体を壮絶な試練が襲う。練習生になって1ヶ月後、エルボーの練習中に胸骨を骨折した上谷は、当時はまだ昭和の名残もあったことから、骨折しているにもかかわらず後ろ受け身を100回取ることもあったという。さらに上谷は、当時を振り返り「胸骨骨折、鼻の骨折、肉離れ…」といった大ケガを連発していた過酷な日々に言及。ほかにも「足の捻挫」などを繰り返しながら、アイドル活動とプロレスを並行していた驚きの事実を明かした。
毎日ボロボロになって家に帰る上谷の姿に、活動がバレてしまった母親からは「今すぐ辞めなさい!!!」と大反対され、連日大ゲンカを繰り広げて家庭崩壊寸前にまで陥りながらも、上谷は「自分がやるんだ」という強い意志で練習を続けた。その後、プロテストに一発合格して本格的にプロレスラーとしての道を歩み始め、難度MAXの空中殺法を独学で習得した上谷は、日本武道館のリングに立って「プロレス大賞MVP」を受賞するまでに成長。かつてはプロレスの練習を猛反対していた母親からも、防衛戦を終えた際に「沙弥、カッコ良かったよ!本当に強いと思うよ!」と温かい言葉をかけられたそうで、涙ながらに感謝の想いを語っていた。
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