鋭い読み口と圧倒的な話術から「講談界の風雲児」と称される、神田伯山(43)。暗く居場所のなかった学生時代に運命の出会いを果たし、伝統芸能の道を志した理由を告白した。
「Re:MAKE 〜拝啓、あの頃の君へ〜」
父親の死後、中学校に上がると伯山の心の中はさらに暗くなり、周囲の大人や教師の言葉すら嘘っぽく感じられるようになっていた。居場所のなさを感じながら男子校の高校生になった伯山は、このままでは人生がずっとダメになると危機感を抱き始める。同世代のスタンダードな流行には今さら乗れないと自覚していたある日、友人に誘われて浅草演芸ホールへ足を運ぶことになった。
おじいちゃんやおばあちゃんばかりの客席のなか、そこで目にした年配の落語家たちの圧倒的な面白さに、伯山は大きな衝撃を受ける。イケてない組だった自分がこれからオシャレを追いかけても勝てないと考えた彼は、「女のケツ追いかけるんじゃなくて、ジジイのケツ追いかける」という演芸の沼へどっぷりとハマっていった。
その後、関心はさらにマニアックな講談の領域へと及ぶ。当時は落語の入門書が数多く出版されている一方で、講談の本はほとんど出ていなかった。実績も経験もゼロで、学芸会では「農民B」としてただ地面を掘っているだけの役しかやったことがなかった伯山だが、不思議な全能感から「誰もいないんだったら俺がやる」と決意。この若気の至りとも言える強い衝動こそが、24歳で講談界へ入門する大きな転機となった。
(『ABEMA NEWS』より)
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