「今までで一番厳しい」見回り強化で居場所を追われる“トー横”の若者たち 行き場を失う中「世間の普通より歌舞伎町の普通が合っている」と心の叫びも

ABEMA Prime
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■「世間の普通より、歌舞伎町の普通」若者が求める“自滅的な自由”

トー横の若者たち
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 世間の価値観と当事者の感覚の違いについて、虚無ぷりんさんは、「リストカットやオーバードーズは、世の中にとって普通の人ならしない異常なことだと思われがち。学校にも『普通に行きなさい』と言われる。それが苦しい。世の中の普通よりも、私は歌舞伎町の普通の方が合っている」と語る。

 急アルゆーたぐさんは、「家庭環境や学校など、どうしても通らなくてはいけない、正しく決められた通りの進め方に耐えられなくなった時に何が欲しいかといったら、ただ自由が欲しい。自由が欲しいから自由な場所に行きたい。綺麗な場所が苦手だから汚いところに行くのではなく、自由だからだ」と、トー横に行き着く感覚を説明した。

 うにさんは、「綺麗な福祉などに助けてもらうと道が決まってしまう。トー横の子たちの自由は、自滅的な自由だ。家や社会、学校から自由になりたいのであって、何かに向かって自由になっているわけではない。夢や行きたい大学、仕事があるか聞いてもみんな答えられない。選択しろと言われると、自由が剥奪された気がして、自滅的になるしかないのかなと思う」と、社会的モラトリアムの中での葛藤を分析した。

 支援のあり方について、今井氏は、「最初はユースセンターという場所を作るのではなく、テントから始めた。そこでご飯を食べ、徐々に喋れるようになっていった。なかなか相談には繋がらなかったので、住所非公開のユースセンターを作って来るようになった。社会側がどうやって喋れる環境を作るか、環境をどう整備していくかが重要だ。行政だと難しかったりする側面もあるため、いろいろな髪色のスタッフがいるなど、様々な大人が関われるような設計が必要だ」と述べた。

 うにさんは、「助けてほしいのか、話を聞いてほしいだけなのかは全く違う。『助ける』となると、助けられる側は完全な弱者になってしまう。親の愛を受けられなかったから弱者なわけではない。話したいだけの子がそういう時期だったりするだけだ」と指摘。「あまり弱者と思いすぎたり、可哀想な人と思いすぎないことが良い。レッテルやラベリングが剥がれることで、NPOだけでなく個々人が支援できるサイクルになればいいと思う」との見方を示していた。
(『ABEMA Prime』より)

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