野村は「自分が亡くなった後、遺体になった状態がどういう扱いで最後お墓まで行けるのか気になる」という好奇心から、葬儀会社の全面協力のもと、実際に自分の葬儀をイチから開いてもらい、「棺桶に入って霊柩車で運んでいただいた」と報告してスタジオを驚かせた。この企画を持ちかけるにあたり、故人を茶化したり冒涜する意図は全くないと説明する野村。前例がないことから数々の業者に断られたものの、関東にある「さがみ典礼」だけが、葬儀会社や納棺師の仕事が広く世に伝わるのであればと賛同してくれたという。
遺影用の写真を用意するよう言われた野村は、妻と撮影した全身写真を提出したところ、「そのまま遺影として飾られた」とバストアップではなくまさかの全身写真が祭壇に飾られたと明かす。また、本番通りにするため下着もボクサーパンツではなく白いふんどし一丁になり、死装束を着用。重ね着した着物の紐が「人生で最後に着るものなので解くことがない」という理由から固結びされるのを見て、背筋が伸びたという。その後、納棺師による死化粧や天冠をつけ、生足に刺さる藁草履の痛みに耐えつつ棺桶に入った野村は、お経が響く間は蓋が閉まるため、暗闇の蒸し風呂状態で小一時間過ごした。
しかし、お経を聞いているうちに「涙が出てきた」と明かし、出棺前の最後の儀式でお花を入れるくだりになると、葬儀会社の人にお花を胸元にそっと置かれ、小さな声で「よく頑張りましたね」と言われたことで目頭が熱くなったと語る。
その後、再び蓋をされ、霊柩車に乗り込んで私有地を15分移動する際も完全に真っ暗な状態で過ごした野村。すべてが終わり蓋が開けられた途端、外の風が入ってきて「生き返ったみたいです」と感慨深く明かしていた。
野村はこの体験を通して「死を間近に感じたことで、生きることを大切にしていかなあかんなと感じさせられた」と告白。一連の体験に粗品が驚いた様子で「死生観とか変わりました?」と質問すると、野村は「走馬灯じゃないけど、奥さんとか大切な友人の顔とか頭の中をめぐってきて、ちょっとやそっとのことでしょげたり言うてる場合ちゃうぞ、と」「生きなあかんわ」と力強いメッセージを送っていた。
