発達障害で子どもを産んじゃダメですか?ADHD・ASDの特性が子どもを救った経験も「子どもを授かって頭がガラッと変わった」

ABEMA Prime
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■「子どもがかわいそうと言われたのは、しんどかった」

発達障害とは
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 中村さんは2年前の取材後に届いた批判について、「やっぱりすごく辛かった。『子どもがかわいそう』と言われたことが本当に辛くて、しんどかった」と語る。発達障害にはさまざまな特性があり、人によって状況が異なるにもかかわらず、「発達障害というイメージがそれぞれ人の中にあって、あまりうまく伝わっていないのかもしれない」と述べる。

 日常生活で具体的に困難だったこととして、「忘れ物が多く、片付けができないことで物がなくなってしまうことが多い。スケジュールがごそっと抜けてしまうこともある」と説明する。若い頃には公共料金の支払いを忘れて電気・ガスがすべて止まった経験や、家賃を何カ月も忘れて強制退去の紙を貼られたこともあったと明かした。

 そうした特性に対し、中村さんは様々な工夫を凝らしている。衣類乾燥まで一括でできる洗濯機を使い「干す」という工程を省いたり、靴下をすべて黒で統一して「片方なくなってもどれとでもペアにできる」ようにしたりしている。プリントは捨てるタイミングが分からないため、上から重ねて貼り出す方法を取っており、週2回はヘルパーが訪問して片付けをともにサポートしてくれるという。「私の障害等級の場合(ヘルパーと)一緒にやるというのが条件のサービス。週に2回2時間は絶対に片付けに向き合うという習慣を無理やり作る。人間の生活に戻ったような感じ」と語った。

 「発達障害があって、むしろ良かったと感じる部分はあるか」と問われた中村さんは、「できないことで責められ続けた人生だったので、子育てでもできないことは手伝ってあげて、得意なことを応援して伸ばしてあげれば伸びていける、ということが自分自身の経験として分かっている」と答える。

 さらに、「私はすごく心配性で、深くいろんなことをすぐ悩んでしまう」という特性が子どもの命を救ったこともあったと語る。子どもの肌がめくれる症状について「アトピーではない」と直感し、いくつも病院を回り続けた結果、命に関わる重大な病気が発見されたのだという。「悪いことばかりではないなと、自分で思いながら生きている」と述べた。

 子育てを通じて自身が変わったことも明かした。「自分一人の時はぐちゃぐちゃでどうしようもないと思っていたが、子どもが生まれて『この子たちを守っていかないといけない』となると、様々な対策を取って家族が安全に暮らせるように考えてやるようになった」と言う。妊娠中には発達障害の診断はまだ受けていなかったものの、不安を感じて市役所に足を運び、産後ケアの手続きを済ませ、施設でのサポートも受けることができたという。「お腹の中に命が宿った瞬間に意識が全く変わって、この子を守るためなら何でもできると思って」と当時を振り返った。

 番組には、18歳でADHDと診断され、現在は結婚7年目を迎える32歳・みもさんも出演した。みもさんは「消えたいくらい悩んだことがあって、自分の子どもが同じ道をたどったら責任を感じてしまう」「自分で生活するのが手一杯で、子どもを育てる余裕が持てない」という理由から、子どもを産まない選択をしている。

 そんなみもさんに中村さんは「私も自分のことがままならなくて、ずっと一人で生きていこうと思っていた。でも子どもを授かってから頭が切り替わって、夫に『別人になった』と言われるくらいガラッと変わった。すごく不安という気持ちも、聞いていてすごく分かる」と声をかけていた。
(『ABEMA Prime』より)
 

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