■「男女同じにしろ」の議論に潜む、性差への思い込み
泉谷氏の「個人が選択すればいい」という言葉を受け、三輪氏は「基本的には個人の選択の自由。『こういう服を着ろ』『こういう服を着るな』は両方とも強制であり、ふさわしくない。自分が好きなスタイルで好きにプレーをすればいいと思う」と同調した。
強豪校というキーワードについても、「強そうに見えるユニフォームを着たいというのはあると思う。強そうに見えるユニフォームを着ることで、自分自身が心がリラックスして競技に臨めるのであれば、それは競技力向上という意味でもその通りだと思う」と指摘する。
さらに、男女のユニフォームの面積差を巡る世間の議論については「男女同じにしろという時に、男に合わせろと多くの人が受け取ったと思うが、それもおかしい」と疑問を投げかける。「男性が女性と同じユニフォームを着ろという意見が出てきてもおかしくないのに、そういうのは基本的には出てこない。そこに男女の不均衡が表れている。そこには、みんなの思い込みがあると思う」と持論を述べた。
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