「イグ・ノーベル賞はノーベル賞のパロディではない」 創設者取材 笑いの裏の真摯な研究 日本人が20年連続受賞のワケと懸念

ABEMA GLOBE
(2/2) 記事の先頭へ戻る

■「お尻呼吸」や「シマウシ」……笑いの裏にある切実な研究動機

シマウシ
拡大する

 受賞対象となる研究は一見ユーモラスだが、その背景には真摯で切実な動機が存在する。

 「お尻呼吸」として話題となった研究(2024年生理学賞)は、大阪大学および東京科学大学の武部貴則教授らのチームによるものだ。多くの哺乳類が腸(肛門)を通じて酸素を取り込めることを発見した内容で、授賞式では爆笑を誘った。しかし元々の論文題名は「哺乳類における腸換気は呼吸不全を軽減する」という厳密なものであり、重い肺の病気で生死をさまよった武部氏の父親の経験から「肺に頼らない酸素供給法」を模索して始まった真剣な研究だった。武部氏は渡米先の同僚から「君のサイエンスが馬鹿にされるリスクがある」と辞退を勧められたものの、日本の研究仲間から「大変な名誉だ」と背中を押されて受賞を決意した経緯がある。

 また、黒毛の牛にシマウマのような模様を描くことで吸血昆虫の付着被害を半減させた「シマウシ」の研究(2025年生物学賞)も大きな反響を呼んだ。畜産農家にとって、牛の血を吸うサシバエの大量発生は、ストレスによる体重減少や牛乳の減産を引き起こす深刻な課題だ。当初は牛の体にペイントを施していたが、持続性を高めるために開発された「しま牛コート」は、試作販売の初日に完売するほどの注目を集めた。

 日本人20年連続受賞となった今年は、科学的に正しい鼻のかみ方を空気力学的に検証した故・海野徳二氏(旭川医科大学名誉教授)に贈られた。50年前の論文が時を経て評価される事例もある。

■科学を伝えるための「ユーモア」と、失われゆく「好奇心」への懸念

「セルフ座位内視鏡検査」で受賞した堀内朗医師
拡大する

 なぜ科学にユーモアが必要なのか。2018年に「セルフ座位内視鏡検査」で受賞した堀内朗医師は、「大切な話と身構えさせたら届かない。隙間を作るために笑いやユーモアが必要だ」と語る。2017年に平和賞を受賞したチューリヒ大学のミロ・プーハン教授も「人々の好奇心を刺激して、耳を傾けてもらい、時には別の切り口を見つける必要がある。笑った後に背後にある本当の科学が見えてくる」と指摘する。

 日本人の受賞はアメリカ、イギリスに次ぐ世界3位の規模を誇り、20年連続受賞という誇らしい記録を維持している。しかし、現場の科学者や大野記者からは懸念の声も上がる。

 近年は医療、IT、安全保障といった「すぐに成果が出る応用研究」へ資金が集中し、基礎研究や好奇心に基づく自由な研究へ広く薄く資金を配分する環境が失われつつある。成果主義が強まる中で、今後はイグ・ノーベル賞のみならず、本家のノーベル賞も含めて日本人の受賞が減少していくのではないかという危惧だ。

 イグ・ノーベル賞は単なるエンターテインメントではなく、科学の間口の広さと好奇心の尊さを提示してくれる存在だ。難解な意味付けをするのではなく、まずは面白がり、その先にある科学の奥深さに触れることこそが、この賞の醍醐味と言える。

(朝日新聞/ABEMA)

この記事の画像一覧
こんな記事も読まれています
この記事の写真をみる(4枚)
このまま画像を見る
続きは広告を見た後にご覧いただけます
クリックして広告を見る