
脚本家の倉本聰さんが18日、多臓器不全のため、自宅で亡くなりました。91歳でした。
シリーズ終了から25年近く経つ今も、代表作として語られるテレビドラマ『北の国から』。倉本さんは、長年、北海道・富良野市を拠点に、晩年まで、書く意欲を失いませんでした。
倉本聰さん(2010年)
「書きたいというパッションは、誰かを喜ばせたいとか、感動させたい気持ちから来ている気がする」
『前略おふくろ様』『あにき』『浮浪雲』
1935年、東京出身。
東京大学文学部美学科卒業後、ニッポン放送に入社。仕事の傍ら、会社に内緒で、脚本家としての活動を始めました。
倉本聰さん(2018年)
「日本テレビの『パパ起きてちょうだい』という番組がデビュー。生放送でしたが、そのために、僕は、倉本というペンネームを作った。テレビの方は、軌道に乗ってきて、倉本聰の名前が少し売れてきちゃう。ある日、ニッポン放送の部長に呼ばれて『お前は古い作家ばかり使っている。最近、倉本というのが売れてきたから会いに行ってこい』と言われて、それで会いに行って。『大したやつじゃなかったです』と言って。そろそろ危ないなと思って、ニッポン放送をやめた」
1963年に退社し、フリーとして、数々のテレビドラマを担当します。
萩原健一さん主演の青春ドラマ『前略おふくろ様』や、盟友・石原裕次郎さんとの縁で参加した刑事ドラマ『大都会 闘いの日々』。高倉健さんのドラマ初主演作『あにき』、渡哲也さん主演の異色時代劇『浮浪雲』も手がけました。
富良野を描いた『北の国から』
倉本さんが富良野に移住したのは、1977年のこと。
倉本聰さん(2000年)
「富良野に来たことで、すべてが始まったという気がある。自分がやってきた仕事は、自分がやったというよりも、何かにやらされたという感覚が、非常にあるので。自然の中で暮らすようになって、そういう思いがものすごく強くなった」
北海道を舞台にした作品。
銀幕の世界では、さまざまな人間ドラマを描いた高倉健さん主演の『駅 STATION』。同じ年に始まったのが、富良野を舞台にした『北の国から』です。
倉本聰さん(2021年)
「僕の中にあった『黒板五郎』のテーマは、は、男は真剣でまじめにやるほど、どこか矛盾が出てくるもの。いわばチャップリンの人生は、アップで見ると悲劇だけど、ロングでひくとコメディだと、喜劇だという言葉がある。邦さん(田中邦衛さん)をあてにして狙ったんだけど、ものの見事に演じてくれた」
書く度に、同じ思いに至ったといいます。
倉本聰さん(2028年)
「僕が『北の国から』を最初書いたとき、何を書きたくて『北の国から』とタイトルをつけたんだろうか。原点に、その都度、戻って、海抜ゼロの位置から、もう一度、書き直す、書き起こすということをしつこくやった。それがあったから続いたと」
大自然に魅了され 人を育成
倉本さんは、1984年、脚本家と俳優を養成する私塾を開設。その発表の場として、2000年に劇場『富良野演劇工場』がオープンしました。
富良野塾を卒業後、そのまま富良野に住み、30年、倉本さんとともに芝居作りをしてきた久保隆徳さん(60)。作品を創り上げるうえで、大切にしていたことがあるといいます。
富良野塾出身 久保隆徳さん
「一番こだわってたのは、嘘をつくということ。どうしても役者というのは、嘘をつく、不純であることを、すごく嫌っていた。それは不純だと見抜くんですね。その目の眼光が鋭いのは、“見逃さない目”だったのかな」
最後の公の場は、先月、この劇場でした。
富良野塾出身 久保隆徳さん
「当日も午前中までは体調悪くて、『きょう行けないかも』と連絡が来ていたので、じゃあ僕たちで進めますと。昼過ぎぐらいに『やっぱり行くよ。どうしてもお客さんに伝えたいことがある』と来られて。『皆さんが劇場に足を運んでいただいたおかげ。感謝の言葉を伝えたくて、劇場に来た』と」
倉本さんには“虎の巻”があります。それは年表。何年に何が起きたかをまとめたもので、事件や流行歌から映画、テレビ番組など、時代を描くための必需品でした。
テレビの連続ドラマで、最後の作品となったのが、『やすらぎの郷』シリーズです。
石坂浩二さん
「テレビ草創期から、時代の変化を見つめながら、その時代を生きる人間の姿を描き続けてこられた方です。世の中の価値観や流行が移り変わっても、それに合わせることなく、人間を見つめ続けていらした。その変わらない姿勢こそが、倉本さんの尊さであり、倉本さんらしさだったのだと思います」
こだわった“大自然”“原発訪問”
作品のため、取材も熱心に行いました。
自ら福島第一原発を訪れています。現場を目の当たりにし、こんな思いに至りました。
倉本聰さん(2011年)
「3月11日を境にして、僕を含めて、周囲の考え方が、ものすごく変わった気がします。原発事故ですね、一番、大きかったのは。今まで通りの経済を発展させ、豊かな暮らしを享受することを取るなら、原発は、どうしてもしょうがなくなる。それを覚悟することが、みんなにできるのか。その覚悟じゃなくて、使う側を減らす、我々の足元を見直す。どっちかの選択だと思うんです」
“いま”に遺したメッセージ
先月9日、『北の国から』のイベントに、サプライズで出演した倉本さん。ここで読み上げたのは、ドラマの中で、主人公・五郎が、2人の子どもにあてた遺言です。
倉本聰さん(2026年)
「金なんか望むな。倖せだけを見ろ。ここには何もないが、自然だけはある。自然は、お前らを死なない程度に、充分、毎年、喰わしてくれる。自然からちょうだいしろ。そして謙虚に、つつましく生きろ。それが父さんの、お前らへの遺言だ」
