2026年9月14日、水戸地裁での初公判。公判で明らかにされたのは、被告の身勝手な動機と残忍な手口、そして被害者の無念さだった。法廷では遺族の供述が読み上げられた。
「早く帰っていれば殺されていなかったのではないか。守ってやれなかったという怒り、自分自身を責めています」(夫)
「すべてが奪われました。七夕のころに生まれる予定だった赤ちゃんも娘も帰ってきません」(母)
母親は極刑を望むと述べたが、水戸地裁の判決は拘禁刑20年だった。
夫は判決後の記者会見で、「正直2つの命を取られたとしか思っていない。『お腹の子は母親の一部』というとらえ方はどうなのか。自分を憎みます。もっと早く行動していれば……」と胸中を明かした。
2025年12月29日、大内被告が遥さんの部屋を突き止めた日、遥さんは実家の母親に写真を送っている。妊娠5カ月の赤ちゃんのエコー写真だった。
「たった20年で外出てこれちゃうのっていう。全然納得はしていない」(夫)
赤ちゃんが男の子であったと、夫は事件後、警察から聞いたという。
(『ABEMA的ニュースショー』より)
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