飛び降りに巻き込まれ娘が死亡“未必の故意”による殺人罪だと訴える父親「娘は誰かの命を守るために犠牲になったわけではない」悲劇の現場を自ら調査「最後まで戦う」

ABEMA Prime
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■殺人罪か、重過失致死か 弁護士の見解

未必の故意と重過失
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 未必の故意とは、死亡する可能性を認識しながら「それでも構わない」として行為に及んだ場合などに認められる故意を指す。未必の故意による殺人罪の適用を主張する弁護士の高橋正人氏は、「銃の免許を持っていない人が下に向けて引き金を引き、人に当たって亡くなった場合、『当たるかもしれないと思ったが大丈夫だろうと思った』と言っても、誰がそれを信用するのか。人が飛び降りるのは銃よりよほど殺傷能力がある」と述べる。

 さらに、高橋氏は、飛び降りる人間は放物線を描き、わずかな水平方向の力の違いで落下地点が大きく変わると説明。そのため、他人に衝突する可能性もあり、こうした危険性を認識しながら飛び降りたことは「人に当たっても構わない」という認識を推測させる客観的な事実になる」と指摘。また「重過失致死ではなく、本来は傷害致死で送検すべきだった」とも述べた。

 一方、殺人事件の捜査経験を持つ元検事の弁護士・西山晴基氏は、「今回の事件は飛び降りという危険な行為を自らしているという点で、通常の事故とは違う。ただ、人に当たれば危険性があることは明らかでも、必ずしも人に当たろうとした意欲まで認められないため、具体的な認識の立証ハードルが問題となる」と説明する。

 ただし、男の面会での発言や人通りの多さは「立証の可能性を高める事情になる。捜査機関が丁寧に捜査をすれば、難しいが立証できる可能性はある」と述べた。また西山氏は過去の事例では飛び降りた本人が死亡していたため、捜査が十分に進まなかった可能性を言及。高橋氏も「今回は存命であり、今までの前例と同じに扱ってはいけない」と強調した。さらに、現行法では故意犯と過失犯の2類型しかなく「この狭間を埋めるため、危険運転致死傷罪のような別枠の規定を設けることを法改正として考える必要性がある」と述べた。

 弁護士の南和行氏も「殺人罪に該当するという理屈は全然あると思う」としつつ、「最終的には主観的な責任の部分で責任阻却になってしまわないかという懸念はある」と語る。その上で「稲葉さんが3カ月間、現場に行くつらさを抱えながら活動を続けているのは、このまま捜査が進まなければ重過失致死でそれまでという扱いで処理されてしまうという危機感があるからだと思う。ミクロに見てしっかり捜査してほしい」と訴えた。

 稲葉さんはこの3カ月で、三重県の犯罪被害者等見舞金制度が改正されるなど社会が少しずつ変わり始めていると話し、「現場に行くのは正直、かなりつらい。ただ、みなさんとぜひこの問題を話し合って、法が変わっていくことが私の願いだ」と述べた。
(『ABEMA Prime』より)
 

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