
日本の憲政史上初めて親子2代で総理大臣を務めた福田康夫元総理(90)が亡くなりました。福田元総理は政界引退後も日中関係の改善に尽力しました。
高市総理「謹んで哀悼の誠を」
福田元総理(当時89)
「日本はどういう国になったらいいのか、これから。そういうことも考えてほしい」
22日に亡くなった福田元総理。
福田官房長官(当時 2004年4月)
「(Q.小泉純一郎総理とのコンビネーションは?)陽であり陰であり、プラスマイナスうまくバランスとれてる」
小泉内閣では、官房長官として小泉元総理を縁の下から支えました。
小泉元総理
「約5年半もの間、総理として政権を担うことができたのは、福田康夫官房長官の存在なしには語れません。福田官房長官がいたからこそ、私は外交や内政の重要課題に注力することができました。本当にありがとうございました。安らかにお眠りください」
高市早苗総理大臣
「豊かな経験と卓越した識見のもと、本当に困難な課題に直面しながらも、一つ一つ力を尽くして取り組みを続けてこられました。その偉大なご功績をしのびつつ、改めまして謹んで哀悼の誠を捧げさせていただきます」
「あなたとは違うんです」が話題に
1990年、父・赳夫氏の引退に伴い、53歳の時に衆院選に出馬し初当選。森内閣と小泉内閣では、官房長官を務めました。
2007年、麻生氏との一騎打ちを制して自民党総裁に。憲政史上初となる、親子2代での総理大臣に就任しました。
消費者庁の創設や公文書管理法の制定に貢献。総理在任1年を目前にした2008年9月1日、緊急記者会見を開くと…。
福田総理(当時 2008年9月)
「国民生活のことを第一に考えるならば、今ここで政治の駆け引きで政治的な空白を生じる、政策実施の歩みを止めることがあってはなりません。私は本日辞任することを決意しました」
突然の辞任表明。記者からは…。
記者
「総理の会見が国民には、ひとごとのように聞こえるというふうな話がされていました。きょうの退陣会見を聞いても率直にそのような印象を持つのですが?」
福田総理(当時 2008年9月)
「ひとごとのようにとあなたおっしゃったけどね、私は自分自身を客観的に見ることができる。あなたとは違うんです」
この発言が大きな話題となり、「あなたとは違うんです」は新語・流行語大賞にノミネートされました。
自称「弁明長官」
自身を客観的に評した発言は、政治家人生の端々で…。
福田官房長官(当時 2001年1月)
「官房長官になりますとね、森総理のことだけじゃありませんよ。いろいろなことで説明をしたり、弁明をしなければいけないということが非常に多かった。私は弁明長官と自称しているんですけど、その弁明もこれからもしばらく続きそうであります」
森元総理の相次ぐ失言などの対応に追われた際には「弁明長官」を自称。小泉内閣時には、「影の外務大臣」と呼ばれることも。
福田官房長官(当時 2004年4月)
「『影の外務大臣』『影の防衛庁長官』。いろいろ名前はありますね。まあ、所詮影ですから」
官房長官の在任期間は1289日と、当時の歴代1位を記録しました。
官房長官の職を辞する時にも…。
「風のごとく来たりて、風のごとく去る。こういうふうに思っています」
冷静な切り返しと、皮肉とユーモアある発言に定評があった福田元総理。
福田総理(当時 2007年9月)
「『背水の陣内閣』というふうに言っております。一歩でも間違えれば、自民党が政権を失う可能性のある内閣」
総理就任時には、自身の内閣を「背水の陣内閣」と命名。当時の国会は、参議院で野党が多数を占める「ねじれ国会」。民主党との「大連立」による難局打開を図りましたが、実現には至りませんでした。
在任365日で退陣を余儀なくされました。
日中友好へ 精力的に活動
2012年に政界を引退した後も、福田元総理が力を注いできたことが、日中関係の改善です。
2014年には北京を訪問し、習近平国家主席と会談。
福田元総理(当時78)
「良い会談だったと思います」
日中友好へ向け、精力的に活動する根底にあったのは…。
福田赳夫総理(当時 1978年10月)
「将来、長きにわたる日中両国間の平和友好関係を強固にし発展させていくため、努力するとの誓いを新たにすることを心から期待するものであります」
父・赳夫氏が総理時代に結んだ日中平和友好条約。福田元総理も総理秘書官として、式典に立ち会いました。
自身が総理を務めた2008年には、中国国家主席の来日を実現。中国との関係強化に向けた活動は、晩年まで続きました。
福田元総理(当時88)
「国際交流、お互いの国が仲良くお付き合いしていくという意味においては、交流が大事です。政府と政府じゃないです、人と人の交流が大事」
福田元総理の訃報を受け、中国外務省は哀悼の意を表しました。
中国 外務省の報道官
「福田康夫氏は中国人民の古くからの友人であり、日中関係の改善と発展を推進するために積極的な貢献を果たした」
去年、戦後80年を機に受けたインタビューでは、次のように話していました。
福田元総理(当時89)
「その時代時代で社会が安定するようにしなければいけない。若い人たちの数が減っていくかもしれないけど、若い人たちがどれだけの価値をこれからの社会に残すことができるか。戦争なんかしてる暇ないんだよ」
(2026年10月27日放送分より)
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