タクシーに防護板が設置されるようになった経緯
今では当たり前のように目にするが、いつから設置されるようになったのか。この運転手を守る仕組みは、残忍で卑劣な事件をきっかけに導入されてきた。
屋根の上で赤く点滅する光がある。これはタクシーの乗務員が強盗などの被害に遭った際、車外に危険を知らせるSOSのサインだ。2000年の西鉄バスジャック事件をきっかけに広がったとされている。
静岡県警によると1999年2月、静岡・富士市でタクシー運転手の田切忠男さん(当時66)が車内で何者かによって首などを切られ殺害された。タクシー会社は事件から数日のうちに防護板をつけた。
田切さんが勤めていた、シンフジハイヤー株式会社の三澤賢治代表取締役は「地方ではこれが一番スタンダード。これでも第一撃は手が入らない」と説明した。だが、それは一つの会社の対策にすぎなかった。
警察庁によると2003年のタクシー強盗は226件。都市部を中心に相次いでいた。翌2004年3月、警察庁は「タクシーの防犯基準」を策定。相次ぐタクシー強盗を受けた対応だった。ただし、全国ハイヤー・タクシー連合会によると、防護板も防犯カメラもつけるかどうかは各タクシー会社に委ねられているという。
2008年12月29日未明、兵庫県・稲美町で、同日夜に大阪府・東大阪市でも運転手が刃物で殺害され、売上金が奪われた。さらにその11カ月後となる2009年11月1日には新潟市東区で運転手が首などを刺され死亡し、売上金を奪われる事件が発生した。タクシーには防護板もドライブレコーダーもなかったという。
その後、車内防犯設備が整えられはじめ、防犯カメラ(ドライブレコーダーを含む)は90.7%、防犯仕切り板は73.8%設置されている(全国ハイヤー・タクシー連合会 2025年3月末)。
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