斎藤佑樹(日本ハム)はこのまま終わってしまうのか。8月11日、ファームの巨人戦に登板するも、5回5失点(自責点3)で敗戦投手に。10年前、夏の甲子園で田中将大と投げ合った末に優勝投手になり、日本中をフィーバーに巻き込んだハンカチ王子は、今年未だに1軍で勝ち星がない。

7月には、『週刊文春』に<斎藤佑樹 汚れたハンカチ「ポルシェ800万円」「高級マンション」おねだり>と報道され、世間の目もより一層厳しくなった。記事によれば、昨年夏頃に『週刊ベースボール』などを発行するベースボール・マガジン社の池田哲雄社長にポルシェのカイエンを強請り、最終的にはポルシェのマカンに落ち着いたという。

同社発行の『プロ野球選手名鑑』には、『愛車』の欄がある。斎藤は今年も例年同様、「レガシィ」と書いている。これでは、嘘をついていたといわれても仕方がない。

だが、昔の選手名鑑であれば、このような事態は起こらなかったはずだ。80年代までは記事を作成する過程で、選手よりも記者のほうが力を持っていた。選手名鑑も記者が取材した結果を書く項目がほとんどで、現在のようなアンケート形式中心ではなかった。

そのため、余計なお世話だと思われることも頻繁に書かれていた。たとえば、巨人選手の『特技』の欄を見ると、駒田徳広「ジャイアント馬場のものまね」、河埜和正「平泳ぎは華麗そのもの」、上田和明は「人に酒を勧めるのが巧み。宴会の幹事役にはうってつけ」、加茂川重治「女装をさせたら右に出るものなし」と書かれている(日刊スポーツ出版社発行の『プロ野球選手写真名鑑’85』より)。選手からすれば面白くない記述もあったに違いないが、的を射ている表現も多数あるのだ。

控え選手だった上田は89年、得点が入るとナインを集めて、オリジナルの手拍子でベンチを盛り上げ、巨人の日本一に貢献。宴会部長とも呼ばれ、チームには欠かせない存在だった。引退後も巨人に残り続けている姿を見た時、「人に酒を勧めるのが巧み」という記者のコメントは何とも味わい深い。もし上田本人に書かせていたら、「飲み会の幹事」など平易な答えになっていたはずだ。

このように記者が自ら見たことを正直に書く30年前であれば、斎藤佑樹の『愛車』欄は今年から「ポルシェ」と書かれていただろう。

そもそも、いつからプロ野球選手名鑑に『愛車』の欄が設けられたのだろうか。

起源を辿ると、82年の日刊スポーツ出版社発行の『’82プロ野球選手写真名鑑』に『愛車』の掲載がある。人気球団の巨人は江川卓や篠塚利夫が「BMW」、原辰徳「ポルシェ」、中畑清「ベンツ」など高級車揃い。プロ5年で通算4試合登板しかいていなかった赤嶺賢勇でさえ「BMW」と書いてあるほどだ。

一方で、広島は球団性が現われている。株主に気を遣ったのか、それとも社割のような制度があったのか、古葉竹識監督を始め、大下剛史コーチ、阿南二軍監督、山本浩二、池谷公二郎、北別府学、山﨑隆三などの主力選手が揃って、「マツダ」なのである。

いや、車を持てていたらまだ良いほうなのだ。前年12勝を挙げ、リーグ最多となる6度の無四球完投をしていたエース格の山根和夫は「自転車」、江夏豊に代わって抑えの切り札になっていた大野豊も「自転車」、まだ1軍登板のない森厚三に至っては当然のごとく、「自転車専門です」と丁寧に記されている(高橋慶彦は「ポルシェ」とさらっと書いていたが・・・)。

翌83年、山根の欄には「愛車」の記載が消える(その代わり⑭クセ、ゲンかつぎの欄になぜか<団しん也そっくりのひょうきん者)>関係ないことを書かれる)。この年、10勝11セーブを挙げ、オールスターに出場したにもかかわらず、大野はまだ「自転車」。推定年俸1440万円であり、車が買えないこともないはずだった。

84年になると、大野は突如として「自転車」から卒業。愛車が「ミニバイク」に変わる。85年も「ミニバイク」。ところが、86年には大野の欄からは突然「愛車」が消え、ベテランに差し掛かる32歳を迎えた87年に「アウディ」の文字が浮かんでいる。

大野は広島市民球場まで自転車圏内に住んでおり、たしかに車を持つ必要性がないといえばないが、それ以上に野球に打ち込んでいた証拠ともいえる。ドラフト外で入団し、1年目に防御率135.00を記録した大野は必死で野球に励み、結果を残し続けて10年ほど経って、ようやく愛車を手に入れた。

果たして、斎藤佑樹にそれほどの覚悟があるのだろうか。

大野豊ほどの名投手が高級車に溺れることなく、ただ愚直に野球に向かい、野球殿堂入りするほどの結果を残したということを知ってほしい。

そして、なぜ「大野豊が愛車も持たずに野球に懸けていた」と想像できたかといえば、無駄に“個人情報”を叫ばない、人間味溢れる『選手名鑑』の存在があったからである。

昨今は「個人情報保護のため」という形式ばった理由で、『選手名鑑』のプライベートに関する項目は減少し続けている。たしかに80年代までのように住所を載せることはやり過ぎかもしれないが、野球選手に興味を持つ理由は人それぞれであり、野球以外のプライベートな面も情報として非常に重要なのである。

野球ファンは『選手名鑑』の“個人情報”を読んで、各選手に感情移入したり、共鳴したりするのだ。なんでもかんでも「個人情報だから」とたいした考えもなく、項目を削るのは野球界全体、出版社にとっても損失になるはずだ。

現代の『選手名鑑』は以前と比べ、野球に関するデータが豊富に綴られている。その素晴らしさに加えて、80年代の良さを取り戻せば、鬼に金棒になる。

『選手名鑑』はあくまで一例に過ぎないが、判を押すかのような「個人情報保護」の名の下に、自分たちの都合の悪いことは隠すという体質が、現在の日本の様々なところに見え隠れすることは厳然たる事実である。

もしかしたら、今も大野は精力的に自転車を漕いでマツダスタジアムでの解説に向かっているのではないだろうか。

こうなったら、是非AbemaTVで大野豊が自転車でマツダスタジアムに向かう道のりを中継してほしい。特別解説には、斎藤佑樹を招こうではないか。大野が必死に自転車を漕ぐ姿から、何かを感じ取ってほしい。

文・シエ藤(プロ野球選手名鑑研究家)

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