すべての始まりは、アルジェリア代表FWのイスラム・スリマニの加入だった。移籍金2900万ポンド(約37億円)で加わると、すぐにレギュラーの座を掴んだ。押し出されるように控え組にまわったのが岡崎。クラブ・ブルージュとのチャンピオンズリーグ・第1節(9月14日)で、突如メンバー外を命じられた。
「チャンピオンズリーグで、まさかのベンチ外っていう。あり得ないと言ったらあり得ないと思います。まあ最悪サブかなと思っていたところもあるんですけど、自分は(試合に)ずっと出ていたわけだし、想定できないですよね。外れたと分かった瞬間は、本当に落胆しました。切り替えられない部分もある」
スタンドで戦況を見守った岡崎は試合後、納得のいかない表情で思いの丈を口にした。動揺するのは当然だろう。昨季リーグ優勝を果たしたレスターの原動力は、走力をベースにしたプレッシングサッカーにあった。その中心にいたのが、中盤深い位置でボールを刈り取るエンゴロ・カンテと、前線からプレスに走る岡崎だった。「奇跡」と呼ばれたリーグ優勝に貢献したプライドも、彼の胸の中にあったに違いない。
しかし、思いとは裏腹にベンチを温める日々が続く。国内リーグ戦では2試合連続でベンチスタート+出番なし。チェルシーとのリーグ杯で2ゴールを決めたが、そこでの活躍も大きな転機にはならなかった。自然と、やりきれなさと、もどかしさが蓄積し始める。それが表出したのが、再び出番のなかったポルトとのCL第2節だ。劣勢の試合展開ながら岡崎に声はかからず、ミックスゾーンに姿を見せると、大きなため息をついた。
「いや、もうため息っすよ(苦笑)。(守備にも強い)自分を出したら、安定する試合展開なのに…。試合に出てない選手をもっと信頼してほしい。ローテーションが必要なわけじゃないですか。プレミアリーグもCLもこうやって戦っていくんだったら、本当に13人とかで戦っているような感じ。 今は、監督の構想に入っていない気がします」
しかし試合を重ねるにつれ、岡崎は控え要員である事実を真摯に受けとめるようになる。悔しさを胸にしまい、冷静に自身の立ち位置を整理するようになった。85分から途中交代で出場したCL第3節のコペンハーゲン戦後、次のように心情を吐露した。
「根底にあるのは、やっぱり自分が下手であるという気持ちです。周りに比べて、自分は個の力で劣っているし、ひとりで何でもできる選手でもない。やっぱり一生懸命頑張って、それを認められたから、昨シーズンだってずっと出場できた。
もっとクオリティを上げて準備しておけば、絶対にチャンスはあるはず。そこで結果を残すかどうかは自分次第。『これだ!』というプレーを見せたときに、『やっぱり岡崎だな』ってなるかもしれない」
さらに、どこに活路があるのか、チームの課題を客観的にあぶり出してもいた。
「今、チームがうまくいっていない感じがします。変化がない。サイドの選手がボールを持っても、FWの2人がゴール前で待っているだけだった。自分なら、あそこで変化をつけるプレーができる。
今はチームみんなで戦えていない。ただ、自分がすべてを変えられるわけでもない。ちょっとずつチームのプレーを取り戻していくというか。だから、そこを自分が繋ぎ止めて、なおかつ点を取れるような存在になりたい」
追い風になったのは、岡崎の起用を推す英メディアの声だ。攻守両面でチームにスイッチを入れる日本代表の存在が再評価され、英紙『ガーディアン』や地元紙『レスター・マーキュリー』が「岡崎待望論」を唱え始めた。
こうして迎えたのが、10月22日のクリスタル・パレス戦であった。2トップの一角として先発に復帰すると、今季リーグ戦で初ゴールを奪取。岡崎が積極的に走り回ることで、チームも昨季のプレースタイルと輝きを取り戻した。国営放送『BBC』は、日本代表FWを「マン・オブ・ザ・マッチ」に選出し、クラウディオ・ラニエリ監督も3-1で勝利した一戦を「今季のベストパフォーマンス」と評した。
「開き直りがあった。やっと、自分の状況を受け入れられたんで。自信を持ってやろうと思っていたところが、意外と過信になっていた。過信するから、『何で試合に出られへんねん?』となる。とても微妙なバランスなんですけど、そう思えると、練習でも『あれ? 文句を言ってるわりには、他の選手と比べると、俺は違ったことが何もできていない」って。目の前のことに集中することが、どれだけ大事か。(控えになったという事実を)受け入れるまでに1カ月かかりましたけど、やっと自分の立ち位置が分かった。実力がないから出られない。そういう見方ができるようになりました」
時に動揺し、起用法に首を傾げることもあった。岡崎にとって辛く、苦しい1カ月半になったが、このクリスタル・パレス戦で大きな山をひとつ越えた。そして、29日のトッテナム戦でも先発。監督の信頼は高まりつつある。
だからと言って、先発の座が保証されているわけでもない。「ティンカーマン(下手な修理屋)」と揶揄されるラニエリ監督のことである。再びベンチ行きを命じられることもあるだろう。しかし、腐るようなそぶりは見せない。どうすれば出番を増やしていけるか。あるいは、自分に何が求められているか。苦境を糧に変えたこの1カ月半で示したように、思考力と洞察力を発揮して、壁を取り超えようとするはずだ。
(取材・文 田嶋コウスケ)
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