イニエスタの“遊び心”が、奇跡を呼び起こした。前半も終わろうとする40分。スアレスからの浮き玉を、ペナルティエリア内の左で、少し浮かせるようにトラップするイニエスタ。そして落ちてきたボールを、軽やかに右足ヒールでゴール前に落とす。不意を突かれたパリ・サンジェルマンのDFクルザワは、たまらず右足を差し出してしまう。クルザワに蹴り上げられたボールは、悠々とゴールに吸い込まれていった。
これで2戦合計のスコアは2-4。逆転に必要な得点は、あと3点。カンプ・ノウは揺れた。メッシ、スアレス、ネイマールという3人の化け物を前線に揃えるFCバルセロナであれば、十分に希望を抱くことのできるスコアだ。
バルサは終わった。少なくとも今季のチャンピオンズリーグの夢は潰えた。パリとの第1戦を0-4で終えた後では、誰もがそう思ったに違いない。そして3月1日、大勝したスポルティング・ヒホン戦の後で、ルイス・エンリケ監督が突然の辞任発表。スペインのカタルーニャ州を象徴するクラブは、また1つの時代を終えようとしていた。
しかし時代が移り変わろうとする空気と、一見すると絶望的なスコアは、熱狂的なバルセロニスタの心を、かえって炙ったようだ。パリとの第2戦。カタルーニャは燃えていた。カンプ・ノウは昂ぶった。揺れる無数の旗。そしてその究極の一戦にキャプテンマークを左腕に巻いてピッチに立ったのが、MFアンドレス・イニエスタだ。
イニエスタ。前任のペップ・グアルディオラ監督の時代には、チャビ・エルナンデスと中盤でコンビを組んで、クラブに再び黄金期をもたらした。最前線に君臨する怪物たちに比べれば、いささか地味かもしれない。しかし、どんなに狭いスペースでも正確なトラップでボールをコントロールし、確実にパスを繋ぎ続けることができる選手こそが、この世界では最強だということを証明した。14年にエンリケが監督に就任し、15年にチャビがクラブを離れ、バルサのサッカーがカウンターに偏重していく中で、中盤の“良心”であり続けた。
48分には、ユムティティからのパスを、エリアの左の角で絶妙なトラップで受ける、そしてネイマールに際どいスルーパス。DFムニエルはつんのめるようにして、ネイマールを倒してしまう。PK獲得。メッシが決める。逆転まで、あと2点。
カバーニに1点を返された後の65分、イニエスタはピッチを退く。まもなく33歳。もはや、かつての輝きはなかった。それでも、全盛期を彷彿とさせるちょっとした“遊び心”こそが、伝説に火をつけたのだ。
イニエスタが外した腕章は、メッシの腕に巻かれた。仲間に希望を託す。それからフットボールの“神童”は、ベンチで、永遠の奇跡を目の当たりにすることになる。
文・本田千尋