神の逆鱗に触れたのか。4月23日に行われたエル・クラシコ。宿敵FCバルセロナの登場に、サンチャゴ・ベルナベウが白熱する。世界中が注目する伝統の一戦で、レアル・マドリードの“蛮行”が荒れ狂った。
20分、自陣左サイド。マルセロは、ドリブルでカゼミーロを交わしたメッシからボールを奪うや否や、小柄なアルゼンチン人の顔面に肘を入れた。うずくまる神の子。口から真紅の血が溢れた。
人間であれば、相手の愚行に怒りを覚えないはずがない。しかし、それからメッシは、表面上は何事もなかったかのようにプレーを続けた。クラシコという大舞台にもかかわらず、白いガーゼを口に咥えながら、黙々とプレーする。33分、ブスケツ、ラキティッチとの連携でペナルティエリアに入ってくると、モドリッチとナチョを軽々とかわし、平然と左足でゴールを決めてきた。胸の前でさりげなく十字を切り、静かに天を仰ぐメッシ。
敬虔な信仰心を持つ10番を、カゼミーロは執拗に苦しめた。12分、レアルの中盤を支えるブラジル人は、ドリブルで置き去りにされそうになると、後ろから荒々しいタックルで足を払った。前半のアディショナルタイムに自陣で交わされた時には、さりげなく足を踏みつける。主審にカードの提示を要求するメッシ。怒りを覚えていた。神の子は、あくまで“神の子”だった。神ではなく、人だったということか。血は赤い。
しかし、レアルの選手たちの目に映ったリオネル・メッシは、本当に同じ人間だったのだろうか。マルセロやカゼミーロは、悪質な行為の数々を、故意に行ったというよりは、体の奥からせり上がる恐怖を刹那に否定するために、無意識に及んだかのようだった。
78分、ハーフラインの手前からカウンターに駆け出そうとするメッシ。セルヒオ・ラモスがすっ飛んできた。両足そのものを破壊しようとするかの勢いだ。スライディングタックルに身を投げ出す。レッドカードで一発退場するラモス。冷静さを欠く姿は、百戦錬磨のスペイン代表DFに相応しくなかった。もはやメッシを止めるために、フェアプレーは綺麗事に過ぎない。善悪はあくまで人間の価値観だった。人を超える存在の前では、意味を持たない。人の掟で、神を止めることはできないのだ。
そして2-2で迎えた後半アディショナルタイム。左サイドをオーバーラップしたジョルディ・アルバが、マイナスで折り返す。誰もメッシを止められなかった。左足、一閃。レアルの誰もが諦めた。蛮行に及ぶことすらできなった。ユニフォームを脱いで、10番をスタンドに突きつけるメッシ。クラシコという究極の舞台で、神の領域に達したのだろうか。ユニフォームを掲げ終わると、胸の前で小さく十字を切り、天に向かって両手の人差し指を突き出した。少なくとも、この地上で最も神に近い。2017年4月23日のクラシコでの姿に、畏怖の念を抱かない者はいないだろう。
文・本田千尋