放送対局が激増し、きらびやかな女流雀士たちが脚光を浴びるなど、一昔前からは考えられないほど昨今の麻雀界にはクリーンなイメージが漂っている。かつては博打としての側面が取り沙汰され、アンダーグラウンドな雰囲気さえ漂っていたこの世界に、東大出身の肩書きを引っ提げて身を投じた男がいる。麻雀界を変えた男・井出洋介(61)に、当時を振り返ってもらった。

 「就職する気は初めからなかったですね。だから、就職活動もしなかった」。井出が東京大学文学部社会学科を卒業したのは、1979年のこと。同級生は官僚、銀行員、NHKなど、それぞれがエリート街道を歩み始めた。井出にも、そんな未来はあっただろう。だが、彼の視野にその道は毛頭なかったという。

 「大学時代に競技麻雀のファンになり、卒業と同時にプロを志すようになりました」。雑誌「月刊プロ麻雀」(現在は休刊)が立ち上げた「阿佐田哲也杯」の第1回大会に、井出は大学2年の時に出場している。阿佐田哲也、小島武夫、古川凱章といったプロ麻雀のルーツとも言われる麻雀新撰組の面々と出会い、鮮烈な刺激を受けたという。友人や家族からは、当然のように心配する声や反対意見があがった。「馬鹿な真似はやめろ」と、諭す友人もいたという。だが、最終的には根負けした両親から「本当に好きなことをやりなさい」とエールを受け、日本で初めてとなる東大出身プロ雀士が誕生することとなった。

 世間の反響は、井出の想像をはるかに超えていた。テレビや雑誌で頻繁に取り上げられ、麻雀ファンならずとも知られる時の人に。新人ながら麻雀界のイメージアップに大きく貢献した。「麻雀と学歴は関係ない」と井出は断じるが、世間は彼のバックボーンに清廉さを見出したのだろう。

 だが、麻雀に負の感情を抱いている人もまた、少なからずいた。井出は大学時代に4年間、学習塾の講師を務めていた。大卒初任給の平均が手取り10万円ほどの時代に、井出は20万円を稼いでいた。プロになった直後は生活の基盤もないため、井出はこの仕事を当てにしていたという。しかし、教え子の保護者がメディアで取り上げられる井出を見て、勤め先に「麻雀プロなんかをやっているような講師がいるのはいかがなものか?」とクレームを入れたという。結果、井出は塾講師を辞めざるを得なかった。

 一方、麻雀界においても井出への風当たりは強かった。「何かあると『東大出のクセして』とか『実力もないクセに』と言われるようなことはありました。何を言われても動じないタイプではあるけれど、そういう目で見ている人は多かったんじゃないですかね。タイトル戦の決勝に2年続けて残ったけれど、マスコミから『人気先行型』とか言われたりもしました」と、井出はバッシングにあっていた過去を明かした。東大ブランドは、やっかみを生む種にもなっていた。

 賞金と対局料だけで生活する。もともと井出が夢見ていた麻雀プロの理想像は、そんな在り方だったという。しかし実際は、学習塾を辞めた後は麻雀店のスタッフに就き、糊口をしのぐような生活だった。理想からかけ離れた現実を見て、井出は再度奮起する。仕事は麻雀関係の原稿執筆と、麻雀教室の講師に絞った。あとは「とにかく勝てばいい」と、逆風に立ち向かう覚悟を決めた。

 29歳の時に名人位を初戴冠した井出は、そのまま立て続けに3連覇という偉業を成し遂げる。「名人」の名を冠したファミコンソフト「井出洋介名人の実戦麻雀」も発売し、麻雀界の顔と呼べる存在になった。気付けば、同級生たちのなかで一番の出世頭になっていた。「今でも同窓会で会いますが、みんな応援してくれています」と、目を細めた。

 井出は現在、麻雀プロ団体「麻将連合」のGMを務める傍らで、「賭けない・飲まない・吸わない」を標榜する日本健康麻将協会の活動にも尽力している。井出の後を追うように、高学歴雀士が次々と誕生するようにもなった。昔より間口が広くなり、クリーンなイメージも定着しつつある。そこに井出が多大な影響を与えたことは、揺るぎない事実だ。

 ところが、当の本人はこう語る。「保障のない世界ですからね。今の僕なら決して選ばなかった道だと思う。選んだのは、若さゆえですかね」。照れ隠しをするように、満面の笑みを浮かべる井出がただ印象的だった。【新井等】

(C)AbemaTV

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