プロレスは鍛え抜かれた肉体同士のぶつかり合いであり、素人が安易に手を出すと大変な事態に陥ることがある。
かつて、新聞で「上司が部下にサソリ固めをかけて部下死亡」といった文字を見たことがある。会社の上司宅に招かれた部下が、酔っぱらった上司からサソリ固めをかけられ、胸を圧迫されて死亡したというのだ。サソリ固めは、マット上に倒れた相手の両脚を持ち上げ、その間に掛け手が足を通し、相手の脚を掛け手の脚を中心にクロスさせて固め、そのまま反転させ腰を落とす技である。足が痛いほか、腰も痛くなる。だが、この上司は腰を落とす場所が本来の相手の腰あたりではなく、胸のあたりになってしまい、圧死したのだ。
「上司がサソリ固め」「サソリ固めで死亡」――なんと恐ろしい響きであろうか。当時のプロレスファンにとっては、この事件に衝撃を受けるとともに「プロレスごっこ」は安易にできないものであるとの認識が広まった。
また、2007年には無職の37歳の女と女の娘も含めた少年少女5人の計6人が傷害容疑で逮捕される事件があった。これは、一人の少女から「デブ」と言われ女がキレ、5人の少年少女、そして現場である女の自宅から逃走したもう一人の女とともに被害少女に殴る蹴るの暴行を加えた事件だ。さらには被害少女のズボンと下着を脱がせ、少年らに下半身の写真を撮影するよう指示したという。
この事件の中で、主導的な役割を果たしたのが37歳の女である。当時のネットをざわめかせたのは、女が少女に対してバックドロップを食らわせるなど、大暴走をしたことだ。まさか、一般人の女がバックドロップをするとは、ということで多くの人が仰天したのである。バックドロップといえば、三沢光晴の死因・頚髄離断に繋がった技である。相手の脇のところに頭を入れ、腰を押さえて持ち上げ、そのまま後頭部をマットに叩きつける技だ。危険な角度で入ってしまえば、命にもかかわる。
実は小生(ライター・ファビュラス吉岡)は学生プロレス出身である。基本的に学生プロレスはコミックプロレスが多いと思われがちなのだが、とはいっても体は鍛えるし、一番大切なものは「安全」だと先輩レスラーから入門初日に教わるものである。だから日々の練習の際、ストレッチに続いて行うのは受け身の練習だ。
マットを体育館を見下ろすギャラリーに敷き詰め、そこでレスラー達が自分からマットに倒れていく練習を延々続けるのである。背中からマットに落ちていくのだが、その際のコツは【1】首を丸め、頭から落ちないようにする【2】背中・腰から落ちるようにする【3】さらに、頭がマットに着く前に両手でマットをバンと叩き、衝撃をさらに分散させる【4】ようやく頭もマットに接触するという4ステップだった。先輩レスラーは「まだ頭が先に落ちてる」「もっと勢いよく手を叩け」と新人には指導を入れていった。ボディスラムの練習もするが、その時に見られたのは技の掛け手以上に、技を受ける側の受け身の技術だった。
冒頭で紹介した2つの事例については、素人の生兵法といったもので一つは本当に命が奪われてしまった。しかし、当時のネットの書き込みを見るに、なんとなく「サソリ固め」「バックドロップ」「デブ」「37歳女が大暴れ」「酔っ払った上司」といった言葉が何やらツッコミどころとなって笑いのネタとして消費されまくった。しかし、プロレス技・格闘技は本当に危険なのである。学校でいじめがあった場合の言い訳として「じゃれあっていた」や「プロレスごっこをしていた」といった言い訳もある。これも危険な行為だということを老若男女認識すべきであろう。
文/ファビュラス吉岡(三拍子揃ったライター)