6月7日(水)に、ジャパニーズヒップホップのオリジネーターであり、世界各国で高い評価を集めるDJ KRUSHが、活動25周年を記念したニューアルバム『軌跡』をリリースした。トラックリストを見て驚いた方も多いだろう。そう、今回リリースされるのは、日本語を操るラッパーたちを全面にフィーチャリングした作品なのだ。
DJ KRUSHと言えば、自他共に認めるインスト曲を得意とするアーティスト。もちろん、これまでにも国内外のラッパーをゲストに迎え、数多くの楽曲を制作してきてはいるものの、いわゆる<日本語ラップのアルバム>をリリースするのは初めてのことだ。自らの活動の節目となる年に、このようなスタイルでアルバムをリリースしようと考えたのは何故なのだろうか。今回は、そんなDJ KRUSHに新作『軌跡』、そして日本語ラップへの思いについてうかがった。
ワールドツアー後、日本語ラップシーンのレベルが高くなっているのを実感した
ーまずソロ活動25周年を記念したアルバム『軌跡』を6月7日にリリースされるとのことです。おめでとうございます。
DJ KRUSH(以下:K)ありがとう。
ーいきなりですが『軌跡』には、どのような思いが込められているのでしょうか?安直ですがベストアルバムっぽい印象を受けました。
K:やっぱり<25周年>って事かな。ヒップホップということで考えると、俺は30年近くDJとして歩んで来た。だけど、あんまり後ろを振り返った事がなかったんですよ。今回、ツアーで世界各国50以上の国に行って(※1)、本当に色んな国でDJをやって来ました。すごく沢山のアーティストと一緒にDJをしたり、レコーディングしてきた。で、世界を2周くらいした感覚なので、ちょっと立ち止まってみようかなと思ったんです。で、周りを見渡してみたら、俺のルーツである日本語ラップというものが、時代と共にレベルが高くなっているというか、格好良いラッパーがすごく増えている事に気付いた。というか実感したんです。
※1:DJ KRUSHは、2015年~2016年にかけて、アジア、ヨーロッパ、アメリカを周遊するワールドツアーを敢行した。
ー以前と比べて日本語ラップのシーンが大きくなっている、と。
K:俺らが、MUROたちと日本語ラップを始めた頃(※2)って、本当に格好良いラッパーが少なかった。(スタイルの数が)少ないわけだから、日本語のラップだけでアルバムを一枚作るなんて、本当に難しい事だったんです。到底無理だったって言っても良い。でもシーンが熟して、そういうラッパーも増えて来た。まだまだ途中だと思うし、これからどんどんデカくなっていくと思うけどね。「軌跡」というタイトルには、俺だけじゃなく、皆の足跡、軌跡という意味も込めているんです。そして俺や皆に足跡、軌跡があるのと同じように、日本のヒップホップにも足跡、軌跡がある。まあ、俺個人の歴史と、日本のヒップホップの歴史は並行して動いていた。そういうことも考えて(命名しました)。
※2:1980年代後半。当時、DJ KRUSHは、ラッパーのMURO、DJ GOと共に、伝説的HIPHOPユニット<KRUSH POSSE>で活動していた。
ー二つ前の作品である『寂~jaku』(※3)から、一昨年にリリースされた前作『Butterfly Effect』まで、11年もの歳月を要していましたが、今回の制作は如何でしたか?スムーズだったのでしょうか。
※3:2004年11月リリース。AESOP ROCK、Mr. Lifのほか、津軽三味線の木乃下伸市、和太鼓の内藤哲郎、尺八の森田柊山など和楽器奏者をゲストに招いて話題となった。
K:段々ペースが戻って来ていますね。真面目にやっていますよ(笑)。
ー今作に収録されている楽曲や元型となるトラック自体は、前作と平行して作られていたんでしょうか?それとも構想のみという感じでしょうか?
K:やっぱり時間が空いたりだとか、やる事がない時って、俺は曲を作るんです。作ったものは「これはラップのトラックだな」とか「これは伸ばしてインストの曲になるな」とか考えて、フォルダごとに分けていく。そういうストック的なものは、常にどこかに置いてあります。今回のアルバムに関しても、まずはフォルダの中を探してトラックを絞っていく作業から始めました。残るものもあったし、ゴミ箱に捨ててしまうものもあった。『軌跡』には、そのフォルダの中から出したものも何曲か入ってる。DJには結構色んなタイプがいて、前に作ってたものを使うタイプの人もいるけど、俺はまあ飽きちゃう方かな。自分自身にとって新鮮味がないトラックは、ね…。だから、今回も新たに作ったものが多いですよ。
ーレコーディングは、いつ頃行われたんでしょうか?
K:去年の暮れから、2ヶ月半くらいで全部終わらせましたね。
ーかなりハイペースですよね。
K:毎日家の中にあるスタジオに篭って。大変だったよ。小さな窓から青い空を見ながら「早くビール抱えて公園行きたいな」って。いつも思ってた(笑)
「このラッパーの背景を作りたい」と思える人たちを選んだんです
-今回、日本語ラップのアルバムを作ろうと思い至る具体的なきっかけがあったのでしょうか?例えば海外ツアーの中で、日本語ラップを意識する瞬間が多かったとか。
K:結局のところ、昔からやりたかったことだし、いずれ実現させようと思っていたことなんだよ。本当に何十年も思い続けていた。その中で一番大きなきっかけというのは、<KRUSH POSSE> だよね。なぜかと言うと、アルバムを一枚も出せなかったから(※4)。俺は日本で育ったから、日本語のラップはすごく大好きだし、ソロになった後も、RINO(RINO LATINA ll。以下RINO)、Twigy、漢、Inden、そしてBOSSともやってきた。まあ、自分のアルバムで色んな日本人ラッパー、「好きだな」「影響を受けるな」っていうアーティストとはやって来た。だから日本語ラップの世界に影は残して来たつもりなんだ。ただ日本語ラップだけのフルアルバムというのが出来なかった。自分のアルバムでもあるから、インスト曲も入れたかったし、海外勢との曲も入れたかった。そうなると、どうしても一枚には収まらなくなってくる。そういう状況に対する反動もあったんだろうね。「絶対に日本語ラップだけで一枚作ってやる」って思ってたんだ。だって自分の本当のルーツですからね。
※4:コンピレーション音源に収録された「K.P.」「CHAIN GANG」などが評判となり、アルバムのリリースが待望されていたが、残念ながら90年代初頭に解散。
ー今回起用したラッパーは、比較的若手というかB-BOY PARKのMCバトル以降のフリースタイルシーンから世に出たラッパーが多いように思われます。なぜこの人選となったのでしょうか?基準などがあったのでしょうか?
K:まず最初から10曲くらいに収めようという構想があったんです。で、自分の十八番であるインストも一曲くらい入れて、と。「そうすると9人くらいかな」となった。まずはキャリアのある人、今活躍してる人から、若手まで、沢山のラッパーをリストアップした。それで全部音を聴いて判断して。他にも候補はいたんだけど、最初に10曲って決めてたからね。
-フリースタイルではなく音源を聴いていったという事ですね?若手を起用しようという意識はありましたか?
K:彼らのラップをしっかり聴いて、詩の内容だったり、フロウだったりで、「このラッパーの背景を作りたい」みたいに思える人たちに声をかけさせてもらった。俺が今まで日本人とやって来た中で持つようになった物差しにハマってくる人たち。「このラッパーの裏側を知りたいな」と思った人たち。一緒にやる事で、俺自身が刺激をもらえるんじゃないかと思える人たち。それが基準でしたね。年齢は意識してないけど、結果的に若手が中心になった。ただ、一人だけ大御所がいて、それがRINO。(とても嬉しそうな表情で)いまやRINOが「レジェンド」って言われてるからね。まあ大御所を入れて、あとは若い子たちを。あくまでも俺の好きなMCたちを選んだつもりです。
昨今のラップブームに思うこと~最終的には自分にしか出来ないオリジナルを見つけろ
ー現在、日本は空前のラップブームです。どのように受け止められていますか?
K:「ブーム」で終わらなければ良いかなって思いますね。俺はもう30年近くヒップホップをやって来たわけで、何度かフリースタイルのブームも見てきた。けど、ここまで大きいMCブームはなかったかな。でもDJブームというのは、過去に凄く大きなものがあった。皆が「これからはDJだ!」みたいな感じになって、DJの学校が出来たりもした。でも今はどうかというと…。そういう風景を見てきたから、DJブームのようにならずに、ちゃんと文化として残っていけば良いなって思ってますね。
ーこれからシーンを担っていくであろう、フリースタイルラッパーやフリースタイルを見ることが好きなキッズに、このアルバムの聴きどころを提示するとすれば、どの辺りでしょうか?
K:とりあえず聴いてもらって、何かを感じてもらえれば、それで充分だよ。で、思い切り感じてくれたら、きっと自分でやり出すんだと思う。それがヒップホップだからさ。何かの糧になれば嬉しい。それは今回参加してくれたラッパーも、そう思ってるんじゃないかな。俺らも、若い頃に憧れるものや影響されるものがあったわけじゃん?俺はアメリカのヒップホップを見て「ヤバイ!」と思って、DJを始めた。そういうきっかけになれば良いなって思う。ただし「最初は真似してても良いけど、最終的には自分にしか出来ないオリジナルを見つけろ」ってことは言っとこうかな。そうでないと残れない。今は特にそうだと思うよ。こんだけいるんだもん。情報だって溢れてて、音楽や映像だって、いくらでも聴けるし見れる。実はすごく壁が高くなってるよ。ちょっとやそっとじゃ、皆ビックリしてくれない。「じゃあ何をすれば良いか?」って事を考えなきゃいけない。本気でやるんだったら、ね。
(後編へ続く)
『軌跡 (キセキ)』 (Es・U・Es Corporation/発売中)
01. Intro
02. ロムロムの滝 feat. OMSB
03. バック to ザ フューチャー feat. チプルソ
04. 若輩 feat. R-指定 (Creepy Nuts)
05. 裕福ナ國 feat. Meiso
06. 夢境
07. MONOLITH feat. 呂布カルマ
08. Dust Stream feat. RINO LATINA ll
09. 誰も知らない feat. 5lack
10. 結 ―YUI― feat. 志人