「オバケ屋敷」「忍者屋敷」「やしもん」…。ニックネームだけ並べると、どんな人だろう…と後ずさりしてしまいそうだが、屋敷伸之九段は穏やかな紳士である。いつも微笑を周囲に振りまいている。

 棋歴を語る時、最大の特記事項となるのはもちろん史上最年少タイトル獲得者であることだ。1990年年度後期の棋聖戦五番勝負で、中原誠棋聖を相手に2連敗後の3連勝で棋聖位を奪取。18歳6カ月でのタイトル獲得は、今も破られていない年少記録だ。

 現在15歳2カ月の藤井聡太四段が今後3年余りの間に挑んでいく最大のハードルにもなるが「四段昇段後1年2カ月でのタイトル獲得」というスピード記録は、29連勝の天才少年でも既に更新の可能性を失っている。いかに当時の屋敷が勝ちまくったかが分かるだろう。

 前年度に19歳2カ月で竜王を奪取した1学年上の羽生善治を超えての年少記録となったが、実は屋敷が、あの羽生ですら手にすることの出来なかった記録を残した稀有な棋士であることはあまり知られていない。

 羽生は小学6年時に奨励会に入会し、丸3年かけて突破したが、中学2年で入った屋敷は、わずか2年6カ月で史上最速の四段昇段を果たしている。仮定論になるが、小学生で入会していれば史上4人目の中学生棋士になって可能性は高かっただろう。

 また、羽生だけでなく、羽生世代の誰もがついに1度も経験することの出来なかった中原とのタイトル戦を2度も戦っていることは、歴史的意義を考えても極めて重要な足跡と言えるだろう。

 棋風は一貫して居飛車党。若き日は相掛かりのスペシャリストとして名を馳せたが、近年は左右の銀を軽やかに中央に繰り出して主導権を握っていく「屋敷流二枚銀戦法」を多用。まるで将棋を覚え立てのアマチュアが無邪気に駒を進めるようなスタイルをA級棋士が披露して勝ってしまうことは、ファンに新鮮な驚きを与え続けている。

 プライベートでは、ボートレースファンであることが有名。棋界における公営ギャンブル好きは枚挙に暇がないが、屋敷は別格と言える。かつては、好きが高じてボートレース場のある平和島に住み、2013年には公益社団法人日本ボートレース選手会の外部理事に就任した。かつて自戦記を執筆した際、紙幅のほとんどでボートレースの話を書いて、なおかつ勝負の神髄を描き切るという離れ業もやってのけている。

 若い頃は酒豪としても知られたが、現在は酒を断っている。既婚で男の子のパパでもある。少々やんちゃだった青年が年輪を重ねて大人の魅力をまとっていった例として、若手にとってロールモデルになり得る存在だ。

 義理堅く、心優しい性格の持ち主でもある。一緒に研究会を行っている三浦弘行九段が2013年に第2回電王戦に出場する際、時期が重なる名人戦への挑戦の可能性を残していた。三浦は、もし名人挑戦が決まった場合に最強コンピューター「GPS将棋」と戦う代役を、恐る恐る屋敷に相談したところ「分かりました。大丈夫ですよ」と笑顔で了解してくれたことを今も恩義に感じている。

 弟子の育成にも積極的で、門下の伊藤沙恵女流二段は女流棋界の新タイトルホルダーに最も近い存在と言えるだろう。

 ◆屋敷伸之(やしき・のぶゆき)九段 1972年1月18日、札幌市出身。五十嵐豊一九段門下。棋士番号は189。1988年10月1日に四段昇格を果たしプロ入り。タイトル獲得歴は通算3期。一般棋戦優勝は2回。将棋大賞は1989年度に新人賞、1990年度・1996年度に敢闘賞、1997年度に連勝賞と殊勲賞を受賞している。AbemaTV「若手VSトップ棋士 魂の七番勝負」では、第1局(9月30日放送)で佐々木大地四段と対戦する。

(C)AbemaTV

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魂の七番勝負~若手VSトップ棋士~ 第一局 | AbemaTV(アベマTV)
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若手棋士7人がトップ棋士7人に挑む魂の七番勝負第一局。世代交代なるか!注目の第一局は雑草魂・佐々木大地四段が最年少でタイトルを獲得した記録を持つ屋敷伸之九段に挑む。持ち時間一人2時間。切れたら1分。