将棋ファンから、特にアマチュアプレーヤーから絶大な人気を誇る棋士がいる。羽生善治二冠(47)に次いで熱い支持を得ていると言っても過言ではないのが藤井猛九段(47)だ。愛称(敬称?)は「先生」ならぬ「てんてー」。皆、親愛の情を胸に、微笑を浮かべながら(なんとなくのイメージだけれど)「藤井てんてー」と呼ぶ。

 藤井九段が尊敬され、愛されているのには3つの理由がある。まず、多くのアマチュアが用いる四間飛車を得意戦法としている点だ。遠く離れた世界の何かではなく、普段から自分でも用いているスタイルの最高峰、頂点であるという畏敬の視線が常に藤井九段には注がれている。

 ただでさえ、現在の棋界において振り飛車党は苦戦を強いられ、減少傾向にある。特に、中飛車に比べて四間飛車や三間飛車の使い手は少数派になっていると言わざるを得ないが、藤井九段は棋士になって26年間、あるいは棋士になる前から四間飛車を指し続け、栄華を極めてきた。ゆえに、ファンは藤井九段が刻む棋譜に憧れを抱く。

 さらに大きな魅力となっているのが彼の指す将棋の独創性、オリジナリティーである。言わずと知れた「藤井システム」を筆頭に「藤井矢倉」「角交換振り飛車」など、藤井九段が考案して盤上に表現してきた序盤戦術はいずれも現代将棋に革命を起こしてきた。

 とりわけ、1998年度からの竜王3連覇の原動力となり、2000年前後の将棋界を席巻した藤井システムは将棋というゲームの常識を根底から覆した革新的戦法だった。升田幸三実力制第4代名人の「新手一生」の言葉があるように、将棋の歴史は新戦法の誕生と衰退の歴史とも言えるが、藤井システムの発明は将棋史上最大の変革と言ってもいい。羽生善治二冠は「200年間考え続けても思いつかない」という表現でシステムのオリジナリティーを称えている。均衡化、平均化が進み、ゼネラリストが重用される時代に、圧倒的なスペシャリストである藤井九段に人々は夢を見るのだ。

 そして最後の理由は、藤井猛という人物のパーソナリティーということになるだろう。大盤解説などで披露する語り口は、藤井流ワンダーランドに誘い込む独特のユーモアとウィットに富んでいる。一瞬だけゲラゲラ笑わせるのではなく、聞いている人の口元をずっと緩ませるようなトーク。まさに名人芸である。

 竜王V3以降のタイトル獲得はないが、昨年度は藤井システムをエースに投入し、銀河戦を史上最年長で制覇。健在ぶりを示し、ファンを沸かせた。

 ちなみに、昨年の「炎の七番勝負」で藤井聡太四段に敗れた羽生善治三冠(当時)は、直後に行われた同じ非公式戦の「獅子王戦」で、羽生は藤井四段に対して藤井システムを用いて雪辱している。局後、藤井四段は「ボクが藤井だから藤井システムなのか、それとも…と少し考えてしまいました」と語っている。いつの時代も、藤井システムは相手を幻惑させ続けるのである。

 ◆藤井猛(ふじい・たけし)九段 1970年9月29日、群馬県沼田市出身。西村一義九段門下。棋士番号は198。1986年4月に四段昇格を果たしプロ入り。タイトル獲得歴は通算3期。一般棋戦優勝は8回。将棋大賞は1996年度、20102年度の升田幸三賞をするなど多数受賞。1998年度には最多対局賞、最多勝利賞、技能賞と3部門に輝いた。AbemaTV「若手VSトップ棋士 魂の七番勝負」では、第2局(10月7日放送)で佐々木勇気六段と対戦する。

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魂の七番勝負~若手VSトップ棋士~ 第二局 | AbemaTV(アベマTV)
魂の七番勝負~若手VSトップ棋士~ 第二局 | AbemaTV(アベマTV)
若手棋士7人がトップ棋士7人に挑む魂の七番勝負第二局。藤井聡太の連勝を止め話題になった佐々木勇気六段が竜王3期の実績を持つ藤井猛九段に挑む。持ち時間一人2時間。