政党の公認候補ではなく、テレビでもあまり報じられない中で選挙活動を行い、「泡まつ候補」と呼ばれる人々がいる。報道機関の間では、このような呼び方をすべきでないという声も最近では上がっている。2013年に公開され話題を呼んだ映画『立候補』は、大阪府知事選に立候補、無視され罵倒され、それでも立ち続ける「泡まつ候補」たちに密着したドキュメンタリー作品だ。
「私は泡まつ候補のチャンピオンだ」と話すのが、この映画にも出演しているマック赤坂氏(69)。2007年の港区議会議員選挙を皮切りに、これまで13回の選挙戦に挑み13連敗している。
「供託金が世界一高い国が日本。米国はゼロだ。私はこれまで供託金だけで合計3300万円以上。他にポスター代や車代など合わせて5500万円くらい使った。自分の主義主張を堂々と公職選挙法に乗っかって、正々堂々とテレビで訴えることができることに価値観を見いだす。それが私の価値観」。
AbemaTV『AbemaPrime』では、彼らを「インディーズ候補」と位置づけ、衆院選に臨む姿から、日本の現在の選挙制度を考えた。
■無職で収入ゼロ。貯金を切り崩しながら、毎日コンビニ弁当で生活
日本で国政選挙などに出馬するには高いハードルがある。その一つが、国に預けるお金、供託金だ。マック赤坂氏が指摘するとおり、アメリカのほか、フランス、ドイツなどの国には供託金制度がなく、イギリスも約7万5000円(1ポンド=150円で換算)だ。これに対して、衆議院選挙で小選挙区から立候補する場合、法務局に供託金300万円を納付することが義務付けられている。しかも有効投票数が10分の1未満だった場合は返却されることもないのだ。
多額の供託金を納めてまで出馬した理由は何なのだろうか。自民党の菅原一秀氏、希望の党の高松さとし氏、共産党の原純子氏が出馬している東京9区から無所属で立候補した前田吉成候補(62)は「(私は)落ちても構わない。街頭に立って自分の意見を言えれば」と話す。マック赤坂氏の主張にも通じる考え方だ。
前田氏が掲げる公約は、『ザ・憲法9条「日本国憲法ハ英語」』。「The憲法9条は改正しなくてよい。自衛隊はなくすべきである。このことを米国に言うべきである」と訴えている。
公認候補の場合は政党の選挙カーを使用できるが、無所属の前田氏はバイクで移動する。雨の中、ただひとりで選挙演説の準備をする前田氏。「ザ・憲法9条」と書かれた赤い旗の前でマイクを握った前田氏は「Do you know the 憲法9条?あれはドブに金を捨てるもんだ!米国に言わないと!」と道行く人々に訴える。築40年以上、家賃44000円の風呂なしアパートに住んでいる前田氏は、現在無職で収入ゼロ。貯金を切り崩しながら、毎日コンビニ弁当で生活している。
寝室には西郷隆盛の肖像が掲げられていた。「好き。同じ鹿児島県出身だからね」。そんな西郷隆盛から、夢の中でお告げを受け、出馬する決心をした。「西郷どんが加勢してくれるって。応援してくれるって」。
■雨の中、徒歩で10km以上を移動、ポスターを貼って回る76歳
無所属の場合、政見放送もできず、貼れるポスターの枚数にも制限がある。公認候補の場合、民家などにも貼ることができるが、インディーズ候補は基本的に公示掲示板だけだ。また、選挙運動に使用できるハガキの枚数も、小選挙区が24の東京都の場合、公認候補が最大53万5000枚使用できるのに対し、インディーズ候補は3万5千枚と、大きな開きがある。
「演説なんてものはやらない。心でしゃべる。聞いてくれる人は聞いてくれる。分からない人は分からない。生の声は相手がいればしゃべるけど、一人でしゃべるのは心でしゃべるだけだ」。
東京14区から無所属で出馬したのが、大塚紀久雄候補(76)。地図を頼りに進んだ先に見えてきたのは、選挙ポスター用の掲示板。取材した日は公示から5日が経過しているが、たった一人で選挙を闘う候補者にとって、すべての掲示板にポスターを貼るのは至難の業だ。「500枚刷って250枚残っている。(期日までに貼り終えるのは)全部は無理」と話しながら、雨で濡れた掲示板を拭い、ポスターを貼った。この日、大塚氏は徒歩で10km以上を移動し、掲示板にポスターを貼って回った。
同じ選挙区からは、自民党の松島みどり氏、希望の党の矢作麻子氏、共産党の阿藤和之氏、諸派の清井美穂氏が出馬している。「私はズブの素人なので選挙については何も知らない。今の政治に満足していないから立ったわけで、それじゃなきゃ(立候補)しない。(公約は)基地をなくすということ。それは独立するということと同時に、誇りを取り戻すということ。そして、忖度しないということ」。
■目を潤ませ「本当にフェアな世界を作りたい」
政党の公認候補には比例での"復活当選"という道も残るが、インディーズ候補は選挙区1本での勝負だ。
過去に大きな政党の公認をもらえる可能性もあったというが、自分の考えをその政党に政策を合わせなければいけないという点で断念したのだといのが、神奈川8区から立候補した、フェア党の大西恒樹候補(53)。自民党の三谷英弘氏、共産党の加藤リカ氏、無所属の江田憲司氏らと戦う。
元外資系ディーラーの大西氏は、財政金融の考え方を抜本的に見直す公約を掲げている。「これからの政治家は政策だけではなく、生き方とかあり方とか思想とか哲学っていうのを体現して世の中を変えていかなければならない。アンフェアを作り出しているのが今の金融システムなので、それを変えるために旗を立てている」と語り、お金で考えるのをやめて自分の時間を大切にするという考えのもと、駅頭で多くの学生たちの声に耳を傾けていた。
政治への思いを聞かれた大西氏は目を潤ませながら「本当にフェアな世界を作って、子どもがどの国・家庭に生まれても、ちゃんと自分がやりたいことをやれてそれぞれの人生を全うできるような社会・世界にしていかなければならない」と力説した。
政党の後ろ盾を得ず、あえて不利な条件で出馬する理由を尋ねると、「そこを超えていかないと日本の人たちが幸せになれないと思っている。あまりにも色々な先入観や固定観念が凝り固まって不幸になっている。だからそこをぶっ壊していかないといけないので、自分がやりたいことをどこかの政党に入ればできるのかというと多分できない。それくらい僕の考え方や理論は規格外なので」と説明した。
■「革命を起こしたい」中核派の青年候補
「僕らは左翼でありたいんじゃなくて革命を起こしたいわけで、大きなフィールドで勝負する。そこで実際に勝てるものを示していかなかったら勝負にならない」「戦いをちゃんとやる。信頼をちゃんと集めるようなひとつひとつの活動を積み重ねていくというのは、どっちかというと暴力云々は最後の話なので」。
中核派・全学連(全日本学生自治会総連合)委員長の斎藤郁真候補(29)は、自民党の石原伸晃氏、希望の党の木内孝胤氏、立憲民主党の吉田晴美氏、共産党の長内史子氏、無所属の円より子氏が出馬する東京8区から出馬した。
暴力による革命を目的とした中核派は、当局からは「極左暴力集団」とされている。警察官が見守る中、斎藤氏を囲んだ集団が「安倍も小池も監獄へ!斎藤郁真を国会へ!」と叫びながらデモ行進を行っていた。
この日、荻窪駅での街頭演説を終えた斎藤氏は選挙本部に戻り、遅い昼食をとった。ミートソースパスタは、斎藤氏が暮らす中核派の公然アジト・前進社(江戸川区)で大人気のメニューだ。
「民主主義とか言われているけど、政治は政治家が独占して勝手にやっている。この状況をひっくり返そうというのが第一。もうひとつが、今行われようとしている朝鮮戦争。またやるのかと。ずっと対立の火種が残り続けるみたいなのはもう本当に終わりにしたい」と語気を強めた。
■「公認候補と無所属の候補にここまで差をつける必要があるのだろうか」
4人のインディーズ候補者の取材にあたった慶應義塾大学の若新雄純・特任准教授は「意外だったのは、供託金を没収されることに対してもみんなが納得していて、一定の覚悟を持っていると感じた。街頭での演説など、政治活動は普段から誰でもできることだが、あえて選挙というステージで勝負することにロマンを見出している人もいた。例えば大塚さんも、方法が合っているかどうかは別として、国や政治への不満を持ちながら何もせずに残りの人生を送るよりは、堂々と言うべきだという考え方だった」と振り返る。
「まさに"インディーズ"という表現のとおり、メジャーな音楽レーベルに売り出してもらって大きなCDショップにも置いてもらえるのか、そうでないのかという違い。大西さんが"確かに不利だが、マーケットはとても大きい"と話していたのが面白いと思った。今、ほとんどの選挙で約半数の有権者は投票に行っていない。つまり、メジャーレーベルのCDすら買わないという人が半数いるということだ。確かに無謀だが、有権者にものすごく刺さるようなことを言える人が現れたとしたら、『こんな人のCDなら買ってみようかな(選挙に行って投票してみようかな)』と思う人も出て来るかもしれない。そこでネットを上手に使えれば可能性もあるが、そういう候補はあまりいない。大塚さんのように無言で歩くだけでは有権者は動かせないかな(笑)」。
元オリンピック銀メダリストの池谷幸雄氏は、2010年に旧民主党から参議院選挙に比例代表で出馬、比例名簿登録者45名中27位で落選に終わった。
池谷氏は出馬の理由について「今はナショナルスポーツセンターもできたので、栄養管理もしてもらえるが、僕らの頃は大学の施設を転々としながら練習していた。選手から裏方になってみて、政治の力を使わないと絶対に変わらないところがあると実感した。国がバックアップすることで強くなれることもあるので、政治の世界からスポーツ界を変えたかった。当時は民主党政権だったので、頼まれてではなく、自分から民主党で選挙に出たいと言った」と話す。
「ただ、投票に行こうという意思のある人ほど、消費税や社会保障などの身近な話に関心が生きがちなので、なかなかスポーツの政策で大きな支持に繋げることは難しかった」。
若新氏は池谷氏の話を受け、「国会議員は何百人もいるのだから、平均的な主張や優先順位1番のことだけ議論する候補だけでなく、いろいろな専門分野に特化した人を選んでいける仕組みがあればもっと良くなるのでは」と指摘する。
総務省は現行の公職選挙法の基準について「政策の質を上げるため」「政党中心の選挙制度にするため」と説明する。
これに対し若新氏は「どんなめちゃくちゃな人、大したことない人でも、党の公認が得られた瞬間に、"泡まつ"と呼ばれることもなく、政見放送もできてしまう。インターネットも何もない、大学進学率が低かった時代には、政策などについて触れる機会もあまりなく、政党の中で学ぶしか無かったのかもしれないが、今は耳を傾けるべき人が個人がたくさんいると思う。公認候補と無所属との間に、そこまで差をつける必要があるのだろうか。時代の感覚にあわせて、選挙制度も見直すべきではないか」と訴えた。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)