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 14日、オウム真理教事件での確定死刑囚7人が全国各地の拘置所に移送され、執行が近いのではないかとの見方が浮上している。これに対し19日、カルト問題に詳しい専門家らが麻原彰晃死刑囚以外の12人について執行中止を求める書面を法務省に提出した。記者会見に臨んだ滝本太郎弁護士は「死刑執行しても何の問題も解決しない。破壊的カルトの問題について語る機会を与え、反省し、反芻しつくして、同じことがないようにすることが大切」と発言した。

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 現在、日本には123人の確定死刑囚がおり、凶悪事件の被害者や遺族からは極刑を望む声が多く聞かれることも事実だ。そんな中、あえて加害者との新たな関係を模索してきた遺族を取材した。

■死刑執行に「なんで僕より先に逝っちゃうんだと思った」

 原田正治さん(70)の人生が変わったのは、今から35年前のこと。弟の明男さん(当時30)が命を落とした。当初は明男さんが運転していたトラックの単独事故による交通事故死と処理されていたが、翌年になって殺人事件だったことが発覚。3人の男による、保険金目当ての計画的な殺害だった。弟を突然奪われた悲しみから、原田さんは一審で死刑を求めた。そして希望通り、被告たちに死刑判決が下った。

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 しかしその後、原田さんの考えは変わっていく。加害者の一人、長谷川敏彦元死刑囚から手紙が届くようになったのだ。最初は開封することもなく、すぐにゴミ箱に捨てていたというが、「気持ちもかなり落ち着いてきた。たまには読んでやろうかな、という気持ちで開封した」。そこには「本当に取り返しの付かない事をしてしまって、誠に申し訳なく思っています。本当に御免なさい」と後悔の念と謝罪の言葉が綴られていた。

 原田さんは次第に返事を書くようになる。「何通も来るので、5通に1通くらいの割合で返事を書くようになった。"しょっちゅう手紙をくれてありがとう"と、最初は社交辞令のような気持ちだった」。さらに原田さんに、「面会したい」という思いが芽生え始めた。明男さんが亡くなってから10年後の1993年、ついに原田さんは長谷川元死刑囚と面会を果たす。「感情をぶつけたいとか、事件の内容について何か一つでも聞き出したいって頭では考えていた。でも、よっぽど嬉しかったのか、向こうが思いっきり話すもんだから、負けちゃった」。

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 送られてきた手紙は150通、面会は3回に及んだ。最も印象に残ったのは、「これで安心して死ねる」という言葉だったという。「面会に行くことと、赦すことは別。まず対話をする。対話の中には活路がある。それによって本人の生きる喜び、反省を促すことができる。僕ら被害者も、面会に行くことに喜びを感じるようになる。相手が特に喜びいっぱいの表情を表してくれる。僕が面会にいったことで、相手は赦されたんだという気持ちを持ったと思う。それが嬉しかった。相手にも同じ思いをさせてやりたい、などとは思わなかった」。 

 そして原田さんは、ある決断を下す。なんと死刑執行の停止を求める上申書を作成し、法務大臣に提出したのだ。「どうしてうちの弟だったのか、なんであの場所を選んだのか、経緯を全部聞かせてくれと。彼が獄中で自然死するまで話がしたいと思った」。

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 ところが事件からおよそ18年後の2001年、原田さんの思いもむなしく、死刑は執行された。ほどなくして手紙が届いた。長谷川元死刑囚からの遺書だった。「本日、『死刑執行』によって、強制的にこの世を去らなければならなくなりました。生きて罪を償う事を切にお望み下さった正治様にはその期待に応えることが出来なくて本当に残念で申し訳なくてなりません。それでは、さようなら」と綴られていた。

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 「なんで僕より先に逝っちゃうんだと思った。法務省に対する怒りが爆発した。死刑執行になれば憎しみをぶつける相手がいなくなってしまう。それこそ事件はそこで終わってしまう。だけど僕の中で事件は一生残る。弟を殺され、保険金を取られ、そういう中でどうして生きていこうかなという時に、長谷川君と出会えたことが気持ちを癒してくれた。希望を持てた。長谷川君も、僕がいたことによって赦されたという思いを持てた。遺族としても、加害者としても浮かばれない。死刑制度は何のためにあるのかなってつくづく思う。考えても考えてもわからない」。

■「償い」はどうあるべきなのか?

 原田さんは死刑制度の存続や廃止という議論ではなく、"対話"という新たな償いの形を求めている。

 講談社の瀬尾傑氏はそんな原田さんの活動について「僕らは得てして犯罪者には犯罪者らしさ、被害者には被害者らしさを求めてしまいがちだ。メディアによる報道も、すくそうした枠にはめてしまう。その点、原田さんが素晴らしいのは、他人に被害者のあるべき形を強要しないこと。これは本当に見習うべきだと思う」と話す。

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 その上で瀬尾氏は、冤罪の可能性、犯罪抑止効果への疑問、遺族への心理的負担から、死刑制度の存続を疑問視。「死刑の次に重いのが無期懲役で、30年以上収監されるケースや、仮釈放を認めない場合もあるが、本当の意味での終身刑がないのが一番の問題だ。一瞬で終わらせる死刑が本当に罰なのか。むしろずっと刑務所で反省をし、時には遺族とも対話をし、情報を公開する。そういう重さに耐える人生を歩ませることこそが罰じゃないか」と訴えた。

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 菅野朋子弁護士は「家族が犯罪被害者になった時、それをどう受け止めるかがまちまちであることは確か。それによって家族がうまくいかなくなるケースもある。実は私の叔父は強盗殺人の被害者。当時、私は司法試験の受験生で、被告人の人権も勉強していた立場。果たしてこれでいいのだろうかと思ったし、家族や親戚から非難されることもあったでも、そのことなかったら犯罪被害者の方を意識しながら勉強することはなかったと思う」と語った。

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 内閣府が2014年に行った世論調査によると、死刑の存続に賛成と答えた人は80.3%と、日本では肯定的な意見が根強い。一方、世界に目を向けると、死刑廃止の流れが進んでいる。2014年には国連総会で死刑制度が残る国に対し執行停止を求める決議案が採択され、117か国が賛成した。また、EUでは死刑廃止が加盟条件の一つともなっている。

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 街で話を聞くと「証言してもらわないとわからない事実とかあるので、死んじゃったら言えない」、「死刑になったからといって、関わっていた人の悲しみが緩和されるのか」と、その効果を疑問視する意見がある一方、「賛成。人の命も自分の命も同じくらい大事だってわかんないとダメだから、人を殺したら自分も死ぬ気でないといけない」、「一度に十何人も殺したことに対して遺族の恨みを返せないっていうのは、よくないことじゃないのかなと思う」という肯定的な意見も聞かれた。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)

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