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 雑誌記者を経てフリーライターになり、殺人事件を長年にわたり取材してきた小野一光さん。「殺人者たちはどういうことを思って、どういう風に犯行に及んだのかを聞ければ」と、一家全員が死刑判決を受けた大牟田連続4人殺人事件、秋田児童連続殺人事件、尼崎連続変死事件などの犯人に迫ってきた。

 小野さんが最も衝撃を受けたと話すのが、「北九州監禁殺人事件」の主犯、松永太死刑囚だ。監禁・殺人の容疑で逮捕され無期懲役となった内縁の妻・緒方純子受刑者らを洗脳し、自らは手を汚すことなく、一室で7人を監禁し殺害させた。その残虐性・悪質性ゆえ、事件の多くはあまり語られていない。

 事件は2002年3月、1人の少女が監禁されていたマンションから脱出し、警察に助けを求めたことから発覚した。翌日、松永死刑囚と緒方受刑者が監禁・傷害容疑で逮捕され、次々と凄惨な実態が明らかになった。

■北九州監禁殺人事件の異常性

 事件発覚から8年前の1994年10月、2人は少女と、その父親である知人男性との同居を開始する。男性は2人に脅迫・虐待を繰り返され衰弱死。そして、呼び寄せられた緒方受刑者の親族が事件に巻き込まれていくことになる。

 松永死刑囚は緒方受刑者も含む一族を虐待しながらマインドコントロールしていった。

 「"緒方受刑者が殺人に関わった"と言って親族を呼び出した。緒方家の人たちは非常に純朴で真面目で、犯罪などには手を染めたこともない。ただ、地方都市ということもあり、世間体が気になる。松永死刑囚はそこにつけ込んで脅迫、次第に暴力を振るうようになっていった」(小野さん)。

 食事は1日1回。言動も厳しく制限し、周囲に助けを求められない状況に追い込む。そして緒方受刑者には父親を殺害させ、その妹には母親を殺害させるなど、家族同士で暴行・殺害させ、さらには遺体の解体まで行わせた。最終的に、緒方受刑者の父、母、妹夫妻、その子どもにあたる甥(当時5歳)、姪(当時10歳)までもが犠牲になった。

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 「電気コードの先をむき出しにして金属製のクリップをつける。それを体に付けて電気ショックを与える。"通電"という言い方をしていたのだが、その恐怖と痛みを支配の道具として使っていた。既に殺害された母親に懐いていた甥っ子に対しては、"お母さんのところに行かせてあげる"と姪っ子に言わせ、殺させた。さらに、おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さんの遺体の解体作業を手伝わせた。最後は"天国に行こう"と自ら死を選ばせ、叔母である緒方純子によって首を絞められた。亡くなった段階で、2歳児のオムツが履けるくらいガリガリになっていた」(小野さん)。

 明星大学心理学部の藤井靖准教授は「マインドコントロールにかかりやすい典型の状況だろう」と話す。「仕事を辞めさせるなど、社会と隔絶した環境に置くことによって、状況判断をできなくさせ、松永死刑囚の言うことだけが正しいという心理にさせていったのだろう」。

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■「自分が取り込まれてしまう恐怖を感じるようになった」

 松永死刑囚がこのような事件を起こしたのはなぜなのか。小野さんは、松永死刑囚に接近、2008年、初めての面会を果たす。

 「最初に面会した時の、"先生、よく来てくれました。わざわざ遠くから大変だったですね"と笑顔で話す明るさに驚いた。私に対し、最初は"先生、先生"と呼んでいたのが、徐々に"小野さん"に変わり、さらに"一光さん"に変わった。私との距離が縮まったという演出のために、わざとやっていたのだと思う」。

 事件関係者を取材、裁判も傍聴していた小野さんは、冤罪の可能性は極めて低いと感じていたという。それでも松永死刑囚に取り込まれてしまうのではないかという恐怖を感じるようになっていった。

 「訥々と、自身の冤罪を訴えかけてきた。"自分は魔女裁判にかけられている。司法の犠牲になろうとしている"と。次第に自分の中の客観性が崩されていくような感覚に陥った」(小野さん)。

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 しかし2011年12月、死刑が確定。それから突然、取材はできなくなった。

 「ある時から急に手紙も来なくなってしまって、面会をしようとしても会おうとしなくなった。彼は僕を利用して、世間に無実を訴えようとしたのだろう。しかし私ができるだけ話を聞き出そうと思い、のらりくらりとしていたので、"使えない"と判断したのだと思う。もうちょっと上手に彼をコントロールして、長く付き合えばよかったのかなという思もあったが、悪が自分に迫ってくるという感覚もあったので、安心した自分もいた」。

 松永死刑囚は小野さんに「一光さんを信用していいのか不明ですが、私は小野一光という人は信用できると思って、この話をしている」などと語りかけたという。

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 藤井氏はこうした言い回しに注目する。「初めから"自分はあなたのことを信用できます"と言うよりも、"信用していいのか不明だが、でも私は信用している"と言った方が説得力は増す。その上、自分のことを信用して欲しいというメッセージも織り込んでいる。心理学的なテクニックの能力が非常に高い」。さらに「最初の印象が、凶悪犯とは思えないような笑顔だったということもポイントだ。非言語的な表情と、言語的な情報とのギャップがある場合、相手はものすごく混乱する。その複雑さによって、"言うことを聞いて、気持ちよくさせた方がいいのかな"という雰囲気にさせてしまう」と指摘した。

■「人は誰もが人を殺す可能性を秘めているんだと思う」

 警察庁による「殺人の理由」で最も多いのは憤怒(43.4%)で、次いで多いのが怨恨(15.8%で)だ。しかし小野さんは数々の殺人事件や北九州監禁殺人事件を踏まえ、「人は誰もが人を殺す可能性を秘めているんだと思う」と話す。

 凶悪犯罪を起こした時、人は何を考えるのか。それを探るため、殺人犯との対話を続けてきた小野さんが、著書で「悪魔とは、意外とこんなふうに屈託のない存在なのかもしれない」と記した松永死刑囚、そして操られてしまった緒方受刑者。

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 小野さんは「もちろん、幼少期に何らかの問題があったということは原因にはなる。しかし本当に大切に育てられた人でも時と場合によっては、殺人を犯してしまうことがあるということを、これまでの取材の中で実感するようになった。殺人犯が自分と違う人間だと思ってはならない。そう思うことは過信につながる。どんなに善人であっても、置かれた環境でひどい思いを連続して味わった場合、残酷な殺人者になってしまう可能性もあるということを知っておいてほしい」と訴えた。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)

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