大相撲にとって横綱というのは特別な存在だ。大相撲での最高位ということは説明する必要もないと思うが、すべての力士の代表的存在であり、横綱が締める綱には“神が宿る”とされているほどだ。横綱は最高位であるため「番付の降格」が唯一ない。具体的な規定はないが「強くなくなったら引退」と認識をしていて間違いないだろう。つまり「強く居続ける」または「引退する」しかない立場ということになる。

 人間誰でも年齢とともに衰えは必ずやってくる。昭和の名横綱も引退をしてきた。北の湖は引退会見で「やるだけやって悔いはありません」と、どこか肩の荷が下りたような表情で会見をしていたのが印象的だ。また、千代の富士は「長い間、皆様には大変お世話になりました。まぁ、あの……月並みの引退ですが」と言葉に詰まり、ハンカチを鼻にあて、涙を堪えながら振り絞ったような声で「体力の限界! 気力もなくなり引退することになりました」という会見はあまりにも有名だ。周囲からは引退も囁かれていたが、それでも勝つことはある。そのたびに「まだやれる」と思った相撲ファンも少なくないだろう。しかし横綱という番付はそう思われてすらいけない。いわゆる「引き際の美学」も横綱としての品格に関わってくる重要なファクターだ。

 稀勢の里が新横綱として臨んだ平成29年大阪場所での劇的優勝の代償は大きかった。その後は15日間フル出場がなく、全休が2場所、序盤から中盤にかけて星を落とすことがあり途中休場が4回というのが、ここ一年の成績だ。もちろん過去にそれだけ休場が続いた横綱がいなかったわけではない。武蔵丸は平成15年秋場所まで6場所連続で休場をした。年6場所制が定着した昭和33年以降の最長休場は貴乃花の7場所連続が最長である。稀勢の里自身も今年に入ってから「次は覚悟を決めてと思っている。(横綱に)上がったときから(不振が続けば)常にそういう思いでやってきた」と明言しており、次回のフル出場が去就についての大きなターニングポイントとなってくるのは間違いない。

 しっかり休んで、しっかり治してから本場所に臨んだ方がいいという意見もあるだろう。しかしそれは、稀勢の里のポリシーに反するように思う。横綱は番付が下がらないため「休むことが許されている」という認識は、大相撲をスポーツ的な側面で捉えている人の意見に多いように思うが、稀勢の里が追及している“相撲道”はその制度に甘えることなく、本場所に臨むことにある。とはいえ、そうも言っていられない現状にあるのも事実だ。

彼は決して明言こそしないが、日々の取材を通じて「苦悩の日々」と「綱の重圧」を感じ取ることができる。新横綱になって一年が経過した今、“新米横綱”としての期間は過ぎた。かつての横綱が乗り越えてきたように、稀勢の里も目前に立ちはだかっている壁を悠然と乗り越えなくてはいけない時に直面している。

 「進むも茨の道、退くも茨の道」――。5月3日の稽古総見を終え、刻一刻と本場所の開催が迫るこの時期に、稀勢の里は五月場所に向けてどのような決断をするのか。出場が決まった本場所は自身の相撲人生を賭けた大一番になる。大横綱と言われるその日を見据えた稀勢の里が、今の窮地を乗り越えていくと信じている。またあの感動を相撲ファンに届けてくれる日はそう遠くないはずである。

【相撲情報誌TSUNA編集長 竹内一馬】


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