聞いた瞬間よりも、聞いた後で時間が経てば経つほど響いてくる言葉というものがある。藤井聡太七段はまだ15歳だが、時々そのような言葉を残す稀有な棋士である。
11日、名古屋市のホテルで開催された昇級・昇段祝賀会に先立って行われた会見でのことだった。質疑応答の途中、5日の第31期竜王戦ランキング戦5組決勝で石田直裕五段(29)に勝利した際の終盤戦で指した「△7七同飛成」についての質問があった。「神の一手」としてファンの間で話題になっているが…と尋ねられ、彼は言った。
「人間であれば条件を整理し、条件に沿った手を考えていく。その中で導き出した手でした。現状、最近のソフトが大変強いことは言うまでもないことですけれども、部分的には人間の方が深く読める局面もあると個人的には考えていたので、それが現れたのかなと思います」
ある局面においては、AIよりも人間の方が深く読める―。将棋の未来を見据えた時、いや、いささかオーバーに言えば、AI時代の未来に向かっていく現代の人類にとって意味を持つ言葉にも聞こえる。
超早指し棋戦である本棋戦も、異なる意味で棋士や将棋の今後を占っているように思えてならない。
どれだけ強い棋士でも「持ち時間5分の切れ負け、1手5秒加算」のルールで初手から最終手まで最善手を指し続けることは不可能だ。ミスは確実に生まれる。
ところが、盤上に現れるミスは、勝負術を誘い、逆転劇を生み、ドラマを創出する。時間に追われ、焦りながらも正着を探す棋士の姿は、長考に沈む棋士とは違った魅力となって視聴者の眼に映るだろう。誰よりも強い、何よりも強い、という命題に囚われない輝きは今後の棋士、人間が指す将棋には不可欠になってくるのだ。
橋本崇載八段(35)、三枚堂達也六段(24)、近藤誠也五段(21)と同組となったAブロックの収録日。対局前に藤井七段への取材時間が設けられた。史上最年少棋士で、史上最多連勝者で、史上最年少棋戦優勝者でもある史上最年少七段は、決戦の直前にも関わらず、穏やかな表情で受け答えした。
「羽生(善治竜王)先生が発案されたフィッシャーモード(本棋戦に採用された『フィッシャールール』の別名)が将棋でどうなるかなあと。大変短いですけど、適切な時間配分で有効に使うことが出来ると思っているので、持ち時間を強みに出来ればと思っています」
フィッシャーモードの設定がある将棋ソフトで練習を重ねたと明かした。
「そこまですごく短くはなかったですけど(画面上でクリックするのではなく)実際に盤を指すと着手に時間がかかりますので、そこをどう見るか」
長考が好きか、早指しが好きか、との問いには「どちらというわけではありません」と微笑する。どちらも圧倒的に強いことはデビュー後の足跡が証明している。
「早指しは常にスリリングな展開になりますけれども、全ての手を読むことは出来ないので、取捨選択や決断力が大事になってくるのかなと思います。早指しでは自分を信じることも大切だと思うので、信じてやりたいなと思います。始まってからはあっという間だと思いますので、あまり緊張せずにリラックスして臨めればと思っています」
棋士対棋士。人間対人間。2018年の天才少年。時間が経てば経つほど意味を持つ新棋戦になるような気がしてならない。
◆AbemaTVトーナメント Inspired by 羽生善治 将棋界で初めて7つのタイトルで永世称号の資格を得る「永世七冠」を達成した羽生善治竜王が着想した、独自のルールで行われる超早指し戦によるトーナメント。持ち時間は各5分で、1手指すごとに5秒が加算される。羽生竜王が趣味とするチェスの「フィッシャールール」がベースになっている。1回の顔合わせで先に2勝した方が勝ち上がる三番勝負。予選は藤井聡太七段が登場するA組からC組まで各4人が参加し、各組2人が決勝トーナメントへ。シードの羽生竜王、久保利明王将を加えた8人で、最速・最強の座を争う。
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