将棋ファンにもいろいろな形がある。指して楽しむ「指す将」に、対局番組などを観て楽しむ「観る将」。最近ではイラストなどを好む「描く将」に、写真を「撮る将」、棋士が休憩時に食べるものを追う「食べ将」までいる。そんな中、対局の観戦記をプロの目線で読み、そこから自分で小説を書くまでに到った「読む&書く将」がいる。ライトノベル「りゅうおうのおしごと!」の作者・白鳥士郎氏だ。漫画化、アニメ化もされた人気作品だが、白鳥氏が将棋を文章にしようと思ったのは「観戦記に衝撃を受けた」からだった。なぜ将棋を文章にしようと思ったのか、詳しく聞いた。
白鳥氏の将棋の接し方は、もっぱら観る・読むが主体だ。「あんまり指すことはしないもので。詰将棋はやるんですけどね。それもパズル感覚で。ストレスを味わう将棋はやりたくないんですよ」と、将棋に対してプレイヤーとしてはさほど向き合っていない。ただ、棋士のことなると話は変わる。
白鳥氏 (雑誌の)「将棋世界」を何気なく読んだ時に、将棋というものが読み物として成立するんだということを初めて知りまして。その後、図書館にあった観戦記の本を読んだら衝撃を受けたんですよ。将棋の内容ではなく、人間同士にスポットを当てた書き方もあることを知って、棋士のキャラクターに共感を持って読み始めたのがきっかけですね。
縁がない人からすればボードゲームの一種。だが、そのボードゲームに心血を注ぎ、戦い続ける棋士がいる。そこにあるドラマに心惹かれてから、プロの書き手としてライトノベルにしようと決めた日から、取材をスタートした。
白鳥氏 2015年にスタートしたんですが、取材を始めたのはその2年前くらい。「これはものになる」と思い始めたのがそのころですね。つてがなかったものですから、イベントに行ったり、大会に行ったり。自宅が岐阜なので、関西将棋会館にも行きましたね。対局を見る上で、ネットの中継が始まったのも大きかったです。
書くプロだからこそ、読むことも欠かさない。棋士がブログやSNSで発信するものや、素顔に迫った本などは、細かくチェックする。赤裸々に語られる心境や、盤上に向かうまでの背景などには、心が躍る。
白鳥氏 佐藤慎一先生のブログを読むと、結構生々しい心理を表現してくださっているんですよ。対局で思っていた手と違う手を指しちゃって、家に帰った後に「腕を切り落としたい」と書かれていたり。あと、お弟子さんとの出会いについても、いいお話でした。
世の中では、あまり勝ち負けがはっきりするというものはない。ただ、将棋の世界にはそれがある。その分かりやすさは青少年が読むライトノベル向きであり、かつ棋士が持つ人間ドラマも表現しやすいものだった。最近触れた作品の中では「りゅうおうのおしごと!」でも描かれる師弟関係について、心打たれるものがあった。
白鳥氏 最近「師弟」という本が出たんですが、あの中で森下卓先生と増田康宏先生の関係が出てきて、完全に親子なんですよね(笑)。増田先生の言葉1つ1つに、森下先生への思いが透けて見えるんですよ。なんだか微妙というか。森下先生が「あの子はもっとやれる」とか「中学生で棋士にならなきゃいけなかった」(増田六段は16歳で四段昇段しプロ入り=棋士に)と言えば、増田先生も「同じ年齢なら僕の方が活躍しているし、新人王戦も2回取った」とか言っちゃう。それでも森下先生の息子さんに「増田さんには嫉妬すらしなかった。こんなすごい子がいる、特別な人だと父親が話していた」と言われて、増田先生が涙をぬぐったそうで。本当に親子ですよね。私は父親がいないからかもしれませんが、そんな関係に憧れますし、ましてやそれがボードゲームによって築かれるなんて、奇跡のように思えてしまいます。
知れば知るほど盤上に命をかける棋士のことを、より知ってほしくなった。自らも書き、大きな影響を受けた観戦記も、もっと読まれてほしいと願っている。将棋だからこそ生まれた人間関係や生き様が、文字として刻まれることを期待し、挑戦もしている。
白鳥氏 観戦記は、もっといろんな人に読んでほしいですね。新聞の片隅に載っているだけで、本にもならないのはもったいない。表現の仕方もいろいろあるとは思います。将棋みたいに、こんな棋士の人間関係が作れるゲームは、今後生まれてこないかもしれない。そんなことができる、すごいものだということを知ってほしいですね。
白鳥氏が手掛けるライトノベルは、まもなく第9巻が発売される。若くして竜王を獲得した主人公と、そこに弟子入りした少女たちも、現実以上の人間ドラマを繰り返している。白鳥氏が見聞きした将棋界の様々な出来事が、どんな形で作品に反映されるのか。プロの「読む&書く将」の次の一手に注目したい。
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