今月21日に出発された『開けられたパンドラの箱』（副題：「やまゆり園障害者殺傷事件」）が波紋を呼んでいる。
この本は2016年7月26日未明、神奈川県相模原市の知的障害者施設で入居者らが刃物で刺され19人が死亡、27人が重軽傷を負ったあの事件の真相解明を目的に、専門家や関係者が考察を論じているものだ。
しかし、その中には植松聖被告の拘置所内での生活をはじめ、会話や主張が綴られた手記、独特のタッチで描かれた漫画も掲載されている。その中で植松被告は「安楽死」について「仮に貴殿が大きな事故にあい、会話、移動、食事もできず糞を垂れ流す身体になります。元気な頃の貴殿はどうすべきだと考えますか？私は自殺スイッチを押すべきだと考えております」などの主張を展開している。
障害を持つ人たちにとっては、事件から２年を経た今も植松被告の存在そのものが恐怖だ。今月実施された全国の障害者を対象としたアンケートでは、回答した216人のうち約３割が事件を思い出し、心身の不調や変化を感じた経験があるとしている。植松被告の主張が世の中に出ることが、被害者やその家族、障害者に与える影響を考慮し、出版を懸念する意見も多かったという。
それでも出版に踏み切った理由は何なのか。30日放送のAbemaTV『AbemaPrime』では、「手記の掲載は大きな意味を持っている」と主張する月刊『創』編集長の篠田博之氏に話を聞いた。
■「犯罪を肯定はしていない」
篠田氏は「事件後の一年間、いろんな障害をお持ちの方と会った。尾野さんをはじめ被害者家族とも会った。その中で、事件が一切解明されていないことにも恐怖を抱いていると感じた」と話す。その上で、今回の出版は「一切、犯罪を肯定はしていない。あくまでも真相解明のための報道だ。"手記"と言われるが、色々な人の議論をまとめたものであって、手記ではない」と説明する。
「この事件は風化が著しく、一般の人たちが他人事で忘れられるのが早いことにも危機感を抱いた。これは難しい事件だからと尻込みしてしまっているメディアの責任だ。事件から２年との節目の日を除いて、この１年の間ほとんど報道されていないし、取材を続けているメディアも少ない」。
世界を震撼させたのは供述で語られた「障害者は生きていても仕方がない」という植松被告の動機だった。精神鑑定では「自己愛性パーソナリティ障害」と診断され、現在２度目の鑑定中だ。裁判員裁判になる見込みだが、開始の時期は未定だ。それを踏まえ、同書は第1部に植松被告の手記、第2部に被害者家族や障害者自身から見た事件、第3部に精神科医の対談による被告と事件の分析という構成になっている。
「事件報道にあたっては、犯人の動機解明が基本中の基本。ただ植松被告の場合、動機自体が差別的なため、ものすごく難しい問題を孕んでいる。障害者施設職員がどうしてああいう考え方を持つようになってしまったのか、未だにほとんど分かっていないし、精神疾患だったという見方もある。彼の主張が思想なのか、妄想なのかは非常に大きな問題だ。そこを突き詰めないと、全国の障害者の方たちやご家族に恐怖だけが残ってしまう。一方、色々人から情報・意見を頂いてもいるので、それを公開することには意味がある。報道することの第一歩だ。それ受けて、精神科医や障害者施設を運営している方たちが再び意見を寄せてくれる。それをまた関係者にぶつけていく。報道というのは、そういうプロセスだと思う」。
■被害者遺族「風化させないためにはこの本は必要だが…」
それでも、加害者の意向を一部でも掲載するということについて否定的な意見も多い。この事件で重傷を負った被害者である尾野一矢さんの両親、チキ子さんと剛志さんは、一貫して出版されることについて批判的だ。チキ子さんは「植松が本を出すと聞いたとき、嘘だろうと思った。あの馬鹿野郎、何を書くんだ、自分を何て書くんだって。お前のやったことなんて、誰も許すは人いないんだから」と話す。
事件以来、気持ちが落ち込むため、取材等以外は植松被告の話題は避けているという２人。しかし、今回の本に触れ、葛藤も生まれたという。
剛志さんは「静かにというか、裁判だけでいいんじゃないの？みたいなところもあるし、そうじゃなくて、植松という人間はこういう人間なんだ、こんなひどい人間なんだということを知らせるべきなんだという思いも僕の中にもある。事件を語り継いでいく、風化させないためにはこの本は必要。でも家族にはどぎつすぎる」と語り、チキ子さんは手記を読んだ感想について「ない。わからない」と話した。
ネット上には「植松被告の発言を取り上げること自体が障害者を傷つける」「彼の差別思想を拡散する可能性がある」「植松被告に印税が入るのなら許せない」といった声がある。
印税収入や、書籍という形態を取ったことについて「そもそもビジネス目的では作っていないし、この手の本はそんなに売れない。そういう目的で出す編集者には辞めろと言う。彼が書いているところはごくわずかだし、結果的に印税の一部も入るかもしれないが、植松は"貰う気はない"と言っている。被害者感情を考えると、思いがけず情報が飛び込んでくるテレビ・新聞の方がハードルは高い。本ならば意識してお金を出さないと手に入らないので、嫌だと思う人は買わない。その点で対象も限られるし、色々な意見をまとまって読んで考える上では良い形態だ」と説明した。
植松被告と20回以上も接見、手紙のやりとりも数十通を越えているという篠田氏。「本を渡してから一度しか会っていないのでわからないが、本人は他に誰が書いているかや、自分に反対する意見については関心がない」との見方を示した。
■タイトルや内容に残る懸念点
篠田氏の説明を聞いたファッションデザイナーの渋谷ザニー氏は、『開けられたパンドラの箱』というタイトルについて、「なぜこういうタイトルにしたのか。こんなポエティックなタイトルにしなくても良かったのではないか」と疑問を呈した。
また、前衆議院議員の金子恵美氏は「読んでみると、植松被告が福祉施設職員として非常に無知だったことがわかった。当事者の方にとっても、事件を風化させてはいけないという意義のある問題提起の本だと感じた。ただ、恐ろしいことに世の中には事件を肯定する人もいる。そういう人たちに対して、掲載された手記や絵の表現のインパクトが間違ったメッセージになることも懸念される」とコメント。「根本的な問題は当事者、ご家族の方々が、これまでの日本の社会の中で排除されてきたということ。日本にはまだまだ障害者に対する偏見があって、声を出せない状況がある。だからこそ、この事件の持つ意味を取り上げていくべきだ」と話した。（AbemaTV／『AbemaPrime』より）
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