
京都市舞鶴市にある児童養護施設「舞鶴学園」。この日は児童養護施設内に併設されている認可保育園の子どもたちと共同で、年に1度の夏祭りが行われていた。一見どこにでもいる普通の子どもたちだが、その多くは虐待を受け、親元から保護されて暮らしている。小学生から高校生までの男女30人が、親からの暴力や性的虐待、育児放棄といった、見過ごされれば命に関わる危険な状態にあった。
舞鶴学園の桑原教修施設長は、「ケースを言えばキリがない。内縁の男性からの性被害でずっと転々と逃げ回ってきた母子のケースはやはり凄まじかった」と話す。児童相談所から依頼され、この施設にやってきた子どもたち。彼らは独立した8つの家に分かれ、“ひとつの家族”として暮らしている。

警察や児童相談所に入る虐待の相談件数は、通報へのハードルが下がった影響もあって年々増加。一昨年は12万件を超えている。しかし、その中で本当にひどい虐待を受けているにも関わらず、それが見過ごされているケースも多くある。
7月10日、犬山紙子氏の呼びかけで集まったママさん芸能人5人が、厚生労働副大臣のもとを訪れた。犬山氏は「虐待防止を願う人たちの声を全てプリントアウトしてきた」と署名を持参。「#こどものいのちはこどものもの」で集まった児童虐待に対する5000人の声だ。

きっかけは今年3月、東京・目黒区で起きた船戸結愛ちゃん虐待死事件。傷害と保護責任者遺棄致死の罪で起訴された、義理の父親である船戸雄大被告と母親の優里被告。結愛ちゃんは身体的な虐待だけでなく、十分な食事を与えられず、死亡した時の体重は5歳児の平均体重19kgのわずか6割、12kgほどしかなかった。残されていたノートに綴られていた言葉は世間に衝撃を与えた。
結愛ちゃんの事件はなぜ防ぐことができなかったのか。AbemaTV『AbemaPrime』は、対応にあたっていた香川県の児童相談所・香川県西部子ども相談センターの久利文代所長に話を聞いた。
「まずびっくりして『なんで?』と思った。そんなことをするお父さん、お母さんだと考えられない状況だったので、なんでこうなってしまったのか」と話す久利所長。久利所長によると一昨年12月、虐待の通報を受けた警察からの要請で結愛ちゃんを一時保護。しかし、去年3月に警察に虐待の通報が入り、児童相談所は再び結愛ちゃんを4カ月間保護した。この2度の通報の際、警察は父親を傷害の容疑で2度書類送検していたが、いずれも不起訴となっている。
「(父親が)書類送検になったというのは聞いていたかなと…。それ(書類送検)が判断の基準に関係ないことはないが、ただ本人の反省具合とか周りの体制だとかを考えて帰した」(久利所長)

その後、面接や家庭訪問、結愛ちゃんとともに子育て支援外来に通うことを義務付ける「指導措置」という行政処分を下し、結愛ちゃんを家に戻した。しかし1カ月後、親子で通院していた病院の医師が結愛ちゃんの顔や足にアザを発見。「パパにやられた」と話していると児童相談所に連絡があった。それでも児童相談所は重篤な虐待と判断せず、警察と連携を取らなかった。
児童相談所の役割は長期にわたって親子に寄り添い支援すること。そのため親子の関係悪化を恐れて子どもを引き離すことに慎重な面もあるという。久利所長は「ちょうど病院にお母さんが通い始めて、関係ができ始めてきた時だったので、“見守り”を強化しましょうかということだった」と話す。
そして年が明けた1月、結愛ちゃん一家が東京に引っ越す際に、面接などを義務付ける指導措置を解除した。久利所長は「何回も面接を繰り返していくだけで改善が結構見られたので。ただ、改善はしたが支援は引き続き必要だと、また虐待が起こる可能性があるということで東京に引き継ぎをした。東京に行ってお父さんお仕事をしていなかったみたいなので、朝から晩まで子どもと一緒にいたのかなと。そこで子どもの様子とかお父さんの気に入らないところがいっぱいあって、虐待がエスカレートしていったのか…」との見方を示した。
香川県から情報を引き継いでいた東京・品川の児童相談所が船戸家を訪問したのは、2月9日のみのたった1度だけ。その理由を東京都福祉保健局の担当者は、「その時結愛ちゃんには会えなかったが、香川を出る際に指導措置も解除されており、品川児童相談所は重大な案件という認識が薄く、両親と今後の関係を作るために立ち入り調査などはしなかった」としている。
■児童相談所から警察へ情報が上がらない現状
香川、東京のそれぞれの児童相談所の判断によって見過ごされた結愛ちゃんへの虐待。事件を防げなかったことに怒りをにじませるのが、元警察官僚で児童虐待問題を専門に扱う後藤啓二弁護士。後藤弁護士が訴えているのは、警察との連携・情報共有だ。

「これまで起こっている虐待死は、児童相談所が『この案件は大丈夫だ』『緊急性がない』と警察に連絡しなかった案件で起こっている。10年で150件と言われているが、本当はもっとあると思う。(警察が)児童相談所からあらかじめ『この家庭は虐待家庭だ』という情報でももらっていればともかく、行って否定されて、顔を見ても『ケガがない』と言われれば帰るしかない」
後藤弁護士によると、虐待の通報先は警察と児童相談所の半々だが、情報共有は警察からだけで、児童相談所から警察へはほとんど情報が上がっていないのが現状だという。

児童相談所、警察の対応には憤りを持っている当事者もいる。関西に住むA子さんは9年に渡り、2人の子どもに虐待を続けていた。A子さんは当時のことを、「算数の問題ができなかったら旦那に怒られるから、蹴ったりとか叩いたりとか。とことこってママのところに来ても『今しんどいやろー!』とか言って押して、うえーんと泣いたりとか。『もうお願いやから(子どもと)3人死なせてください』とか旦那に言って…」と振り返る。

精神的に追い詰められていたA子さん。その時の児童相談所職員の対応については、「『息子を静かにさせろ!』とか『風呂に入ってへんやろう』とか、お咎めばっかりだった。『あれできてへん。これできてへん』と。マニュアルに沿ってやればもうそれでいいみたいな」と説明。A子さんは運良く3年前に支援団体に相談したことで、虐待を止めることができた。
後藤弁護士は、児童相談所だけでは限界があり、警察との連携が必要だとこれまで20の自治体を回り訴えてきた。その要望に応え、愛知県の児童相談所は今年4月から警察と虐待の全件共有を始めた。
愛知県「中央児童・障害者相談センター」児童相談課長の近藤雅明さんは、「後ろにありながら足を運ぶことはまずなかった」と、窓から見える愛知県警察本部について話す。去年度の相談件数4364件(名古屋市を除く)のうち、警察への情報提供はわずか4件。それが今では全てが警察に報告されている。その数は4月から6月までだけで約1200件だ。実際にその中で、放置すれば危険な目にあっていたかもしれない子どもを保護したケースも1件あった。

「児童相談所の権限としては強制力を持った立ち入り(調査)もできるが、やはりそこには限度もある。いざという時の警察官の踏み込みといったところで応援を頂けるととても心強く感じている」(近藤さん)
では、なぜこれまで警察と“全件共有”をしてこなかったのか。近藤さんは「警察が捜査に着手することによって、関係機関、保護者への児童相談所のアプローチが難しくなる。その後のケースワークが困難になるのでは、といった危惧が児童相談所にはあったという風に私は考えている」と述べた。
東京都や日本弁護士連合会は、警察に全ての情報が伝わることで虐待をしている親が相談しにくくなり早期発見ができなくなるとして、全ての情報を警察に渡すことに後ろ向きな見解を示している。
それでも現在、後藤弁護士の呼びかけもあり、5つの自治体が警察への情報提供に動き出している。さらに厚生労働省は、結愛ちゃんの事件を受けて児童相談所と警察との連携強化を指示する緊急対策を発表した。

しかし、後藤弁護士が訴える情報提供の面では数々の条件がある。後藤弁護士は「虐待による外傷は情報共有すると言っても、見えるところにケガのない子は安全なのかという保障は何もない。ネグレクト(育児放棄)といっても、どういう状態をネグレクトと判断するのかというのはまさに個人差。これだけを情報共有すればいいなんていうのは、私はちょっとあり得ないと(思う)。私が言っているのは、別に警察だけではない。学校、病院、保健所、民生委員、そういう能力がある人が集まって、どんなやり方がベストかを協議しながらやる」との考えを示した。
■児童相談所と警察の連携で虐待死は防げるのか
児童相談所とは、児童福祉法に基づいて設置され、本人・家族・学校の先生・地域の人々などが18歳未満の子どもに関する相談ができる専門機関。心理学の専門的学識に基づく心理診断を行う児童心理司と、子どもの保護や福祉に関する保護者などからの相談に応じ、児童の一時保護、立ち入り調査の権限を持つ児童福祉司がいる。
元児童心理司で、2015年まで19年間東京都の児童相談所に勤務していた山脇由貴子氏は、立ち入り調査の難しさを次のように話す。

「結愛ちゃんの事件でもそうだが、玄関さえ開けてくれれば立ち入ることができる。ただ、それを現実的にやるとなると難しい。児童相談所は保護をしないといけないし、一方で親との信頼関係を構築しろと言われる。無理やり立ち入って親との信頼関係が壊れたら2度と話もしてくれないだろうと思うと、なかなか強行なことはできない」
では、警察と児童相談所の連携がカギとなってくるのか。今回、取材を行った犬山氏は、「共有のされ方は専門家によって立場が違って、今議論がかなり行われている。ハイティーンの子は非行=逮捕という司法で保護されるなど懸念がいろいろあるので、慎重に話を勧めている」と説明。「情報さえあれば死なずにすんだかもしれない事例もたくさんある」という後藤弁護士の話も紹介した。

また山脇氏は、児童相談所への通報と警察への110番は全く別物だと指摘。「警察から児童相談所への連絡は、通報ではなくて通告。これは書類を警察官が持ってくる、何時に行くと電話がある、書類を受け取ったら印鑑を押すなど、かなりしっかりとしたやり取りがある。では児童相談所が(通報に対して)同じことをやるかというと、それだけの手間はかけられない。ものすごい数の通報がくるので、それを全て警察に伝えるのか、警察はもらった情報全部に家庭訪問をして確認するのかというと、それは現実的ではない。警察に情報提供したら、警察に何をしてもらうのかというルール作りが必要」と述べた。
自身も警察への協力をお願いしていたという山脇氏。しかし、児童相談所から警察へお願いをする慣習とルールがないといい、「小池都知事が『警察に全面的に協力を依頼しよう』と言ったら、現場の人間はやる。特に立ち入りに関して、『安否確認できないお子さんは、児童相談所の職員が110番してお巡りさんを呼ぶ』と決めたら間違いなく全員やる。お巡りさんが来たら親は子どもを会わせると思うので、完全にルール作りの問題だと思っている」と説明。
続けて、「あとは本当に全件(立ち入り調査を)やっていいのかということ。『この家庭には警察が入ってほしい』『この家庭は児童相談所だけで大丈夫』というリスク判断ができる専門家が児童相談所にいない。そこが1番の問題で、知識がある人間が圧倒的に不足している現状を変えない限りは、警察に全件またはどの情報を渡すという整理もできない」と問題点を指摘した。

結愛ちゃんのケースでは、「110番すべきだった」という山脇氏。一方で、立ち入り権限があるからこそ児童相談所は「自分たちでやらないと」と思ってしまうとし、「どんなに嫌われても立ち入りをする、110番をするチームを1つ作る。そこは親とその後関わらないで、親を指導したり関係作りをしたりするのは別のチームがやる。そういう分け方をしないといけない。子どもをいきなり奪われて拉致・誘拐だと思っている親が、(児童相談所に)『さあ信頼関係を作ろう』と言われてもできない」とも訴えた。
情報の全件共有については、児童相談所に相談すること=警察に情報が伝わることが懸念点として指摘されている。児童相談所に相談したということ自体を嫌がる人も多く、「私は子どもを虐待してしまいそうだ」と泣きながら相談に来る人もいるそうだ。それを踏まえ山脇氏は、「全ての情報を警察に流すことには賛成できない」とし、「警察との情報共有をすでに行っているところに、うまくいった、失敗したという情報を出していただいて修正していかないと正解が見つからない。全国の児童相談所間で、やり方や成功例の情報交換ができていない」と指摘した。
ただ、指導相談員にとって警察の協力が得られるのは大きなことだといい、「いつでも警察に協力をお願いできるんだと思えるだけで全然違う。そう思えたらちょっと強行なこともやってみようか、この部分は警察に任せるという関係ができると、虐待死が減っていく1つの材料になると思う」との見方を示した。
■人材育成にSNSでの相談窓口、支援の在り方は

児童虐待防止対策としては、転居した場合の児童相談所間の引き継ぎルールの見直しのほか、2022年度までに児童福祉司を2000人増員することなどがある。
山脇氏は、人材の育成に注力すべきだと指摘。「東京都の場合だが、児童相談所で働きたいという人が不足している。一般の事務職で東京都の職員になって、児童相談所で働きたいと希望していないが、『児童相談所に2年行ってこい。2年経ったら本庁に戻してやる』と言われて働いている人がかなりいる」という。

そんな中、児童虐待の恐れのある家庭の情報をデータベース化し、情報を児童相談所・警察・病院・学校などと共有できる情報共有ソフトをサイボウズが提供している。また、LINEと東京都が連携協定を結び、専門の相談員がLINEで子どもや保護者の悩みを聞き、緊急時は児童相談所や警察につなげる相談窓口を、今年11月までにトライアルとして開設する予定だ。
犬山氏は、自身が行ったアンケートから相談しやすいサービスにSNSが挙げられていたことを紹介しつつ、「LINEも本当に知識のある方を配属しないとダメだということはおっしゃっていた。児童相談所にいく件数を減らしたい、自分たちで受け持てるところは受け持つと。児童相談所が本当に必要なところに(人員を)割り振れるようにと話していた」と述べた。

また、支援の在り方については多様性があるとし、「私はしゃべること、書くこと。それぞれができる範囲をちょっと増やして、みんなでやさしい世界をつくっていくことが大切だと思う」と語った。
(AbemaTV/『AbemaPrime』より)




