28日、北朝鮮で拘束されていたとみられる日本人男性が平壌から北京に到着した。男性は映像クリエーターの杉本倫孝（スギモト・トモユキ）さんとみられ、きょうにも日本に帰国するとみられている。杉本さんは北朝鮮入国後、西部の港湾都市・南浦（ナムポ）でダムなどを撮影したことからスパイ容疑をかけられ、11日から取り調べを受けていたという。そして26日になり、北朝鮮の朝鮮中央通信が「最近、観光客として訪問した日本人が違法行為で摘発された。人道主義の原則に基づいて、国外に追放すると決めた」と報じていた。
北朝鮮はこれまでも外国人を拘束してきた。記憶に新しいのは、2016年１月に拘束されたアメリカの大学生、オットー・ワームビアさんだろう。観光目的で入国したものの、「敵対行為」があったとして15年の労働教化刑を宣告され、昨年こん睡状態のまま解放され帰国。その後死亡した。また、今年５月には、2015～2017年にかけて拘束されていたアメリカ人３人が解放されている。
AbemaTV『AbemaPrime』に出演した慶應義塾大学の礒﨑敦仁准教授は「北朝鮮はアメリカ・韓国との関係を前進させ、交渉を進めていきたい。それに対して日本はアメリカのポンペオ国務長官の訪朝が中止になったことを歓迎するなど、ブレーキをかけてきた。北朝鮮としては、日本からのイメージがダウンするような材料を出したくないので早期に釈放しようという判断をしたのではないか。いずれにせよ、偶発的な事件だったと思う」と話す。
「1990年代の半ば頃は、最大で年間3000人ほどの日本人が北朝鮮を訪れていたが、去年は150人ほど。それでも『中外旅行社』『ジェイエス・エンタープライズ』といった専門旅行業者があるし、中国にはもっと安い業者もいる。杉本さんが使ったのはイギリス人が中国で経営する『ヤング・パイオニア・ツアーズ』という業者のようだが、とにかく観光で北朝鮮に入るのは容易だ。ツアーの中で写真を撮った時に軍事施設が写り込むこともありうるが、基本的には見せていいところしか行かせないので、こういうことはなかなか起こらない。杉本さんの場合、清津という田舎に２回行っているが、去年は５人、今年も２、３人しか行っていない。目をつけられやすかったのは確かだ」。
■約２年拘束された男性も 日朝の"外交カード"に使われた可能性は？
元日本経済新聞記者の杉嶋岑氏は1999年に、北朝鮮を訪れた際、スパイ容疑をかけられ、およそ２年間にわたって拘束された。その杉嶋氏の帰国から１か月後には、歴史的な米朝首脳会談、その年の秋には小泉総理大臣の電撃訪朝が実現。拉致問題が大きく前進した。このことから、邦人の「拘束」と「解放」は北朝鮮にとっての"外交カード"であり、今後、大きな政治イベントが控えていると見る向きもある。
記者会見で「拉致問題など、日朝間の交渉に利用されるのではないかという懸念する見方もあったが」と問われた菅官房長官は「そうしたことが具体的にですね、どうなるかということもまだ明確ではありません。事柄の性質上、そこは控えたいというふうに思います」と答えている。
杉嶋氏は国会や著書などで北朝鮮での経験などについて証言しており、内閣情報調査室や公安調査庁に証言した内容が北朝鮮に伝わっていたと主張。「彼らは誰が入国してくるかも初めから分かっている。今回、杉本さんの"映像クリエイター"という肩書を見て、"これは利用できるな"と考えたのではないか」と推測した。
礒﨑氏は「著書を読んで衝撃受けた。北朝鮮を訪れた人が公安調査庁に話していた内容が北朝鮮に伝わっているとしたら本当に大きな問題だ。杉嶋さんが拘束されている時期、私は北京の日本大使館に勤務していた。当事者として日朝交渉に関わったわけではないが、杉嶋さんが外交カードに使われてしまったということもよくわかる。ただ、今回は偶発的な事件だと思うし、杉本さんが外交カードに使われ、この跡に日朝首脳会談のよう大きなイベントがあるかどうかは不明だ」とした。
■出口の見えない朝鮮半島の非核化
IAEA（国際原子力機関）は20日に発表した報告書で、４月下旬～５月上旬の間に寧辺の核関連施設でボイラー稼動の動きがあったことを指摘、北朝鮮が核開発を継続している可能性について深刻な懸念を示している。朝鮮半島の非核化で十分な進展が得られていない中、トランプ大統領は「ポンペオ国務長官の訪朝を延期させた。朝鮮半島の非核化に十分な進展が見られない。加えて貿易問題のため中国が前ほど協力的じゃない。長官の訪朝は対中貿易問題の解決後だろう。同時に、金委員長には最上の敬意を送りたい。近く会えるのを楽しみにしている！」とTweetした。
礒﨑氏は「国務長官が３回も訪朝して、これしか進まないのか、という思いがトランプ政権内にある。４回行っても進まないのであれば、国内からの反発も食らう。思い出してほしいのは、米朝首脳会談の２週間前に、"やっぱりやめた"と言ったが、結局、会談は行われた。今回も、そういった駆け引きだ。ポイントは、"最上の敬意を送っている"と書いている点。信頼関係があるということを発信し続けないと北朝鮮が歩み寄って来ないことをわかっているからだと思う。９月には国連総会などの政治行事が予定されているので、そこで北朝鮮が動き出すかが次のポイントだ」と話す。
「これまでの経緯がひどいので、北朝鮮問題は感情的になりやすいが、もう少し中・長期的に見るべきだ。まだ若い金正恩委員長にとって、これから30年、40年と経済制裁を受けたままで良いのか。トランプ政権の任期の２年の間に、大きな駆け引きができるかもしれない。"長い時間をかけて一生懸命作り上げたものを手放すわけがない"、そう考えるのが日本人の職人気質かもしれないが、それがお金になるのであれば、会社でもなんでも売り渡す、というアメリカのようなドライな感覚を北朝鮮も持っているかもしれない。国交正常化や平和協定のような、核に代わる体制維持の装置が得られるのあれば、勝負に出てもいいと思っているかもしれない。ところがアメリカには北朝鮮政策で長期的な戦略があるようには見えないし、平和協定どころか、終戦協定すら出す気配がない。そこが難しい」。
杉嶋氏は「あの国は金日成一族が私物化した国。今の体制を永遠に続けようと思うだろう。私は核を放棄するとは思わないし、米朝会談だって、おそらく国内向けに"アメリカを向こうに回してこれだけやった"と利用したんだろうと思う。高笑いして帰ったのは金正恩の方だと思う。それなのに、アメリカはなぜこうも楽観的なのか。頼りにならないトランプを頼りにせざるを得ない安倍さんの心中は察して余りある」と話していた。（AbemaTV／『AbemaPrime』より）
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