世界屈指の名門・米ハーバード大学が、入学試験でアジア系アメリカ人の点数を操作し合格者を減らしていたとして問題になっている。
訴訟を起こしたアジア系学生団体は、成績が同じだった場合、白人は35%、ヒスパニック系は75%、アフリカ系は95%が合格となるのに対し、アジア系アメリカ人は25%になっていると主張、さらに全ての人種グループの中で学力・カリキュラムの評価が最も高い一方、人格面での評価は低くされているとしている。アメリカ司法省も今年8月、アジア系を差別するような入学選考が45年間にわたって行われていたとの見解を示した。
現役のアジア系アメリカ人の学生は「ある人種の学生に必要な点数はアジア人学生よりも明らかに低い。私のようなアジア人にとっては嬉しくないことだが、特にアフリカ系の学生にもっとチャンスを与えたいのだと思うし、そういう主張も聞いたことがある」と話す。
これに対し大学側は公式サイトに掲載した声明で「人種を考慮した入試は差別に当たらない」と反論、入試は合法的に実施していること、アジア系の合格者数は2010年から27%も増加していることなどを根拠に、アジア系への組織的な差別行為はなかったと結論づけている。
4日放送のAbemaTV『AbemaPrime』では、ハーバード大の卒業生のパックンを交え、アメリカの入試と人種の問題について考えた。
まず、アメリカの大学の入試システムについてパックンは「ハーバード大学などの入学審査は学業の成績だけでは見ないし、全体の4分の1とされている。残りは高校時代にどんなスポーツやアクティビティをしてきたのか、どんなリーダーシップを発揮したのか、小論文や面接はどうだったのかが重要で、その中ではもちろん人種も見ている。これは偏見になってしまうかもしれないが、アジア系アメリカ人は親に言われ、成績を取るために部活などを犠牲にする傾向があるが、ハーバードはそういう学生は求めていない。出願は少ないので、むしろ日本人はハーバードに行きやすい」と話す。
国際弁護士の湯浅卓氏は「アメリカでは中学・高校は友達を作るために通うようなもの。親も"ビル・ゲイツを友達にしてきなさい"と行って送り出す。そして、社会貢献や課外活動の経験を重視するのも、それが一つの価値だと判断されているからだ。そんなアメリカの学校システムの頂点であるハーバードの出身者には政治家も多い。これからのアメリカの支配層をどういう風に形成していくかということにも関わる、重要な裁判だと言える」と指摘する。
■多様性をもたらす「アファーマティブ・アクション」
今回の議論でポイントになるのが「アファーマティブ・アクション」の問題だ。奴隷制度が存在した時代からアメリカ社会に根強く残る、黒人やヒスパニック系への差別を是正するための措置で、ケネディ政権下でその議論が始まり、1965年にジョンソン大統領によって制度化された。日本でも、ポジティブ・アクションという形で、社会的・構造的な差別によって不利益を被っている者に対して、一定の範囲で特別の機会を提供することなどにより、実質的な機会均等を実現することを目的として講じる暫定的な措置を行っている。
ハーバード大学大学院に通う日本人の向山淳さんは、自身も含め、アジア系学生が差別されていると感じたことはないという。「学校側がすごくケアしていると感じている。人種が推測できてしまうので、成果物の中身だけで評価できるよう、試験やレポートに名前を書かせない教授もいた」。また、アファーマティブ・アクションについては「報じられているような不公平なことがあれば残念だが、アファーマティブ・アクションがあるのは仕方がないことだし、総合的な判断なので、差別と言えるのかどうか難しいよねと学生たちは話している。アジア系学生の間でも、自分たちの不利益以上に、黒人差別を是正しないといけないという意識が高かった。おそらくハーバードがマサチューセッツ州にあることもあり、リベラル的な考え方が反映しているのだと思う」と話す。
2007年にアメリカの大学に入学した宮澤エマが「キャンパス内でアファーマティブ・アクションを推進することで、文化的にも宗教的にも、色々な人と出会うチャンスになると感じたし、それが4年間での貴重な体験だったので、個人的には賛成だ」と話すように、賛成派のアジア系アメリカ人権利向上団体は「人種の多様性が学習体験を向上させ、自身の偏見を発見することができる」と主張している。
■白人からは「逆差別」との根強い批判も
本来は平等な社会を実現するため、雇用や就学で人種の少数者を優遇し、偏りを無くすためのアファーマティブ・アクションだが、一方で多数者が逆差別されてしまう結果になっているという批判も白人などから出てきた。反対派のアジア系アメリカ人教育連合は「アメリカの能力に基づく入学システムの価値を下げるもの」、米連邦最高裁のアントニン・スカリア元判事は「アファーマティブ・アクションの恩恵に預かった者は失敗する運命にある」と指摘している。
パックンは「この制度の下では、白人の僕は損する立場。1989年の入学当時も、"点数は高いはずなのに、有色人種が優遇されて入れなかった"と怒っている人がいた」と振り返り、「州によって人種のバランスも異なるし、たとえば4割が非ヒスパニック系白人のカリフォルニア州にあるスタンフォード大ではアジア系学生の比率も高い。アメリカ全体ではヒスパニックも含めた白人が73%、黒人が13%、アジア系が5%。アファーマティブ・アクションでは、職場や学校での人種の比率がこれに対応するよう目指しているが、アジア系の学生が5%になれば公平なのだろうか。それとも10%になれば公平になるのだろうか」と、白人の立場を代弁しつつ疑問を投げかけた。
湯浅氏は「まさにそれが問題になったのが1978年の連邦最高裁判決で、パーセンテージを決めることは憲法違反だとされた。ハーバードなどもそういう流れを見ながら、苦労して丁寧に修正してきたと思う」と説明。「色々な意味で多様性がないと、社会的にも練れないし、経済的にも進展しないという考え方が根本的にはあるし、民主党も共和党も共有している価値観だ。ただ、人種差別を禁ずる公民権法が制定されたとき、キング牧師は"奴隷制度の中でアフリカ系の人たちは200年以上待っていた"と言ったように、アファーマティブ・アクションも人種の平等も、まずはアフリカ系アメリカ人に対して積極的に差別を是正するような措置を講じるというのがベースにあったので、アジア系についてはあまりプッシュされてこなかった。また、スカリア判事は歴代の連邦最高裁判事の中で最も保守的と言われていて、人種の平等と同様、男女やLGBTの平等も憲法には書かれていないと主張してきた。連邦最高裁の保守派の考え方がそうであったために、女性に対するアファーマティブ・アクションも、人種差別より後に出てきているし、合衆国憲法には男女平等条項もないので、改正しようとする動きはことごとく潰されてきた」と説明した。
ロイター通信によると、裁判は今月15日からスタートする。
湯浅氏は「原告側の中心人物にはユダヤ系アメリカ人がいるが、そもそも彼らは20世紀初頭、"勉強ができすぎる"という理由で差別を受けてきた。そういう理由から、アファーマティブ・アクションそのものを潰したいという論理もある」と指摘する。パックンも「今回はアジア系アメリカ人を立てているが、以前は白人を立てて逆差別問題を訴えていた。そのことは頭に入れておいてほしい」と話していた。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)
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