ミラクル――。奇跡、神業、不思議なこと、驚くべきこと。スポーツに当てはめるなら、観衆の予想を上回るプレーを見せること。そういったミラクルなプレーで、チームメートやファン・サポーターに愛されているのが、ヴォスクオーレ仙台の“ミラクル・スグル”こと井上卓だ。
ミラクル・スグルは偶然ではなく必然
そもそもなぜミラクル・スグルという名がついたのだろうか――。井上は、「もともとは普通のシュートが決められなくて。でも変なシュート、体勢が悪い中でのシュートが決まっていたので、そう言われるようになったのかな」とその由来を明かす。
本人の中で一番印象に残っているゴールシーンは「2シーズン前(2016/2017シーズン)の(第14節)大分戦」。当時の仙台はキックオフ直後の攻撃パターンを持っていたようで、その1つに前線の井上にロングボールを入れてキープし、セグンドにシュートパスを通す電光石火の攻撃パターンがあった。
井上は、このプレーにおいてキープと精度の高いパスを配給するという重要な役割を与えられている。しかしこの男、そんなチーム戦術をまったく無視したプレーをしてしまったのだ。「大分戦では、キックオフからその形で僕にロングボールが入ってきました。トラップをしたのですが、(本来はキープに入るためにサイドライン側にトラップするところを)僕はそのまま内側にトラップして、シュートを打って決めちゃったんです」。キックオフからわずか9秒。驚愕のゴールだ。
井上のミラクルは今季も継続している。10月12日に行われた共同開催小田原ラウンドの第18節エスポラーダ北海道戦の34分、自陣で味方とのパス交換から右サイドを突破した井上は、セグンドで構えていた堀内迪弥へのショートパスを狙うが、パスがずれてボールは相手選手に直撃。しかしここでミラクルが発動。なんと、こぼれ球が自分の足元に転がり、井上はそのまま少し縦に持ち出して再びショートパスを入れると、これを堀内が決め切った。
このプレーを振り返った井上は「味方とウン・ドイス(ワン・ツー)してからの相手とのウン・ドイス」と笑う。そういった突然の出来事を綺麗なゴールにしてしまうあたりが、やはりミラクル・スグルといったところか。
少し前の言葉を使うならば“持っている男”。カープファン的に言えば“神ってる”。それこそが井上だ。しかしそんな井上のミラクルは、実は偶然ではない。
井上のミラクルが起こる場面はいつもゴールシーン。「いつもゴールは意識しています。サテライト時代に相根澄さんに学んで、ゴールへの意識、そして気持ちの部分を教えてもらいました」と、常にゴールへのこだわりを持ち、気持ちの部分を大事にプレーする。
そんな井上は、今季、出場機会を大きく減らしている。セットに入らずにスポットで投入されることが多く、プレー時間は多くても10分程度だ。それでも井上は「10分出るつもりはありません。2、3分しか出られないつもりでワンプレーにかけています。だからベンチにいるときもそういう気持ちを持って戦っています」と、自分に与えられた役割を全うする。
そういうゴールへのこだわり、気持ちを押し出した全力のプレーがミラクルを引き起こすのだろう。さらにそういうプレーを見せるからこそ、チームメートからも信頼される。井上がベンチに下がる際に、仙台のベンチは全員が総立ちになり井上を迎える。たとえ見せ場を作れなかったとしても、ゴールを決めたかのような騒ぎようだ。井上は少し照れながら「あれは本当に気持ちがいいんですよ。それだけベンチも盛り上がってくれて、チームにとってもいいことだと思います。いい意味でふざけるというか。チームにプラスになるように盛り上げていきたい」と語る。
逆に井上もピッチに出て行く選手に対して激しい激励を行う。「迪弥がピッチに立つ時は気合を入れて送りだすんです。そうするとあいつはゴールを決めて戻ってくるんです。それで俺は『(ゴールを獲ったのは)俺のおかげだ』と思うんです」。
確かに出場機会は少ないが、誰よりも目立つミラクルプレーを見せる。そして、ベンチでもチームの輪の中心に立つなどその存在感は半端ない。「まだまだミラクルが足りないので、もっと出していきたいですね」。あまり日が当たらない選手だが、実は誰よりも輝いている“ミラクル・スグル”にぜひ注目してみてもらいたい。
文・川嶋正隆(SAL編集部)
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