今年5月に起きた日本大学アメリカンフットボール部の「悪質タックル問題」。200人以上の関係者から話を聞き、試合映像なども分析した警視庁は、内田正人前監督が実際にはプレーを見ておらず、反則行為を指示した言動は確認できず、悪質タックルはなかったと認定。井上奨前コーチとともに起訴を求めない意見書を付した上で、傷害容疑で書類送検する方針であることがわかった。
一連の騒動後、内田前監督・井上前コーチは関東学生アメリカンフットボール連盟からの除名処分を受け、日本大学からは懲戒解雇されている。今シーズンは1部上位リーグに属していたチームは秋のリーグ戦には出場はできず、来シーズンからは自動降格も決定済だ。その一方、加害選手は先月から練習に復帰している。
内田前監督や井上前コーチの指示などを認定した日大の第三者委員会とは食い違う点が多い警視庁の調査結果。ネット上には「納得いかないねぇ」「"疑わしきは罰せず"てこと?選手を守って欲しい」「選手だけがはずれクジを引かされた格好だな」「立件されない人を集中攻撃していたメディアの責任も問われるのでは」といった声が上がっている。14日放送のAbemaTV『AbemaPrime』では、ここから浮き彫りになる「悪質タックル騒動」の問題点について議論した。
■関学OB有馬氏「刑事責任の追及は難しいだろう」
警視庁の判断について、関西学院大学アメフト部出身で元TBSアナウンサーの有馬隼人氏は「野球の場合、ピッチャーがわざとデッドボールを狙うという場面もあると思うが、その際に指導者が"頭を狙ってその選手を病院に送れ"と具体的な指示を出すケースはなかなかないと思う。プレー中、もしくはプレーに付随する行為や指示については証拠も残りにくく、"悪意を持ったものである"と断定することは非常に難しい。第三者委員会も関東学生連盟規律委員会も同じような結果を出したが、調べたのは起こった背景。警察の調査の場合は歴史や背景というものが入りにくいので、食い違うのは当たり前かもしれない。今回の問題も、当然ルールに基づいたペナルティが試合の中で課せられたが、立件して刑事責任を追及するのは難しいだろうと思っていた」と話す。
その上で有馬氏は問題が起きた背景について「あのような指導法でやってきたというのがチームの特色としてあって、実際に強いチームが作れたので、それが当たり前の文化になっていたんだと思う。それでも毎年何十人という選手が入れ替わる中で、監督のフィロソフィーが完全に浸透させるのは難しい。統率力があって、強いチームを作るというプラスの面があったのかもしれないが、権力が一極集中していたことにより、監督の言うことは絶対で、コーチや選手が相談できたり、意見できたりする土壌も無かったのかもしれない。仲間の選手たちも、危険行為に及ぶことを心配していたかもしれないが、簡単に事は収まるだろうと思っていたのだろう。そういう風潮が表に出てきたのだと思う。そうでなければ、ここまでの行き違いというのは生まれない」と推測。
「指導者からすれば、試練を与えてもっと強くしたいというメッセージだったのかもしれないが、それを選手が素直に実行してしまった。だから選手の暴走だと言い切るのも難しい。それでも選手は自分に非があるとして先に謝罪した。 私もアメフト選手だったし、1人のスポーツマンとして相手に怪我をさせてしまうかもしれない行為は踏みとどまるべきだったとは思う。ただ、その判断能力を失わせてしまうような状況を作ってしまっていたということついては指導者の側にも責任はあると思う。選手一人の責任とは言えない。だから本来であれば責任者である内田前監督が真っ先に出てきて、"指導している自分の責任なので選手は許してやってほしい"と謝罪していればこのような流れにはならなかったと思うし、あれほどメディアが加熱して指導者や学校を責め立てるようなこともなかったのではないか」と指摘した。
さらにメディアの問題点として「学生スポーツを美化しすぎているのも良くない部分だと思う。人間として成長するためにやっているのが学生スポーツなのに、そこに完璧を求めてしまうがゆえ、"こんな人グランドに置いていていいのか"という論調になり、すぐにチームごと1年間出場停止、といったことになってしまう。選手もそうだし、もしかしたら井上前コーチもそうかもしれないが、若くてまだ将来のある人たちのチャンスをこぞって奪うようなことだけはしないで欲しいし、問題を起こした人が復帰し、いい大人になれるようにするにはどうすればいいか、という議論に持っていってほしい」と訴えた。
■日大OB川松都議「メディアが検証をしてこなかったのも問題」
テレビ朝日元アナウンサーの川松真一朗都議は、日大OBで日本大学スポーツ競技部改革委員も務める立場から「率直に複雑な思い。日本大学運動部の代表として、一連のことで多くの皆さんにご迷惑をおかけしたことは大変申し訳ないと思う」とした上で、「あれから6か月が経ち、警視庁の判断が出てからこうして検証をするというのは残念だ。社会的制裁で言えば、内田さんと井上君だけでなくて、当時関わっていた他の指導者たちも連盟から資格停止処分を受けていて、全員がいなくなっている。その状態で警視庁からこうした判断が出たということで、現場は混乱してかわいそうだと思う」と話す。
「内田さんは一貫して同じことを言っておられたし、"選手との間の現実認識の乖離がある"という表現を使っていた。警視庁が確認できなかったとした"やりましたね""おお"というやり取りに関しても、2人は一貫して否定していたし、報道を見て驚いていた。あの時、選手は一発退場になってないし、審判はどういう注意をしたのか。全体像を見ていくと、未だに理解できないところがあるのも事実。そうした"乖離"について、何が正しく何が問題なのかという検証をしていただきたいと言い続けてきたが、それがメディアによって行われてこなかった。片方だけが嘘を言っている、という空気になってしまった世の中が怖いし、この件を機にスポーツ選手や指導者が萎縮しないようなメディアのあり方を取り戻してもらいたい」。
一方で川松氏は「試合翌日の一部スポーツ紙で報じられ、私は内田さんと朝イチで記事を読んだ。その時点では監督同士で話をすれば済む問題だという認識があった。しかし2人のやり取りの中ですれ違いが続く中、あのタックル映像がTwitterなどを通じて広がった。有馬さんがおっしゃったような対応ができていれば展開は変わっていたのかもしれない。それでも内田さんには"そんな大事じゃない"という認識で、自分の思いを伝えることについて軽く見ていた。だから後手後手に回って、誰に何を言っても信用してもらえない状況を生んだのではないかと思う。そして世の中が沸騰して、日本大学や内田さんの言い分は全部ウソ、というような一方的な論調ができていった」と。日大や指導者側のメディア対応の拙さがあったことも指摘。
今後について「こういうことが二度と起こらないよう、改革委員会では雰囲気や組織をどう作っていくかという議論をしてきた。また、スポーツ庁を中心に、"インテグリティ"、つまり高潔さ・正しさについての議論をしている。今年は、他の競技でも似たような事案がたくさん出てきているし、どんな言葉がパワハラになるのか、どんな環境だったら選手が追い込むことになるのかを考えて、体制作りしたいというのが率直な思いだ」とした。
■小川アナ「シンプルな勧善懲悪の構図で報じてしまっていたかもしれない」
スタジオでも様々な意見が飛び交った。
一連の騒動について、ジャーナリストの堀潤氏は「選手がこういう結果を引き起こす可能性を監督やコーチがどれだけ予見していたのか、そこはもう少し考えてもよかったのではないか。警視庁としては、予測することはできなかったという判断なのだろうか。企業不祥事が起きる時も、だいたいこういう構図で、プレッシャーを感じ"そうせざるを得なかった"現場がいて、問題が発覚すると"そこまでやれとは言ってないよな"と言われ、守ってもらえるどころか、詰め腹を切らされる。この問題にもその構造が透けて見えるから感情的になる。もどかしいし、選手が気の毒だ。現行の刑法ではこの状況を裁ききれなかったというだけで、もしハラスメントに関する法律があれば、そういう"空気"をつくって選手を追い詰めた状況そのものに対して責任を問えたかもしれない。法体系についても考えていく必要があると思う」と訴える。
するとパックンは「加害選手が一番かわいそうだとは思わない。20歳以上の本人が判断したこと。間違った指示を受けたからといってやっていいわけではない。彼は復帰できたが、永久追放された監督・コーチはあの年齢から全く違うキャリアを探さなければならない。これでいいのか。構造が非常に似ているのが『#Metoo』運動。証拠や証言がなく、告発された権力者が"やってない"と言っても、世論の力で突き落とされることもよくある。今回の問題は大丈夫だったのか。推定無罪、疑わしきは罰せずという精神に反するんじゃないか」と指摘した。
堀氏は「正常な判断をできなくさせてしまうのがハラスメントの怖いところだが、それについて責任が問えないというのが問題。監督とコーチは社会的制裁を十分に受けたと思うし、これ以上の罪を背負わせる必要はないと思う。ただ、責任の重さと所在がどうだったのかは確認しておかないと、その境界線が曖昧なまま、同じような問題で加害者も被害者も苦労する」と説明した。
騒動の発生当時、『報道ステーション』のサブキャスターを務めていた小川彩佳アナウンサーは「もちろん客観的な事実に基づいて報じる心がけをしていたつもりだが、最初にタックルをした選手が会見を開いた時の印象が鮮烈だったし、遅れるようにして開かれた内田前監督と井上前コーチの会見の見え方、語られた言葉が多くの対比を感じさせるようなものであったために、そこに引っ張られてしまっていた部分があったかもしれない。背景には複雑なものがあったかもしれないが、シンプルな勧善懲悪の構図で報じてしまっていた部分があったのではないか、ということについは個人的に否定できない。視聴者の方々から寄せられた意見も、監督とコーチを糾弾する意見が圧倒的に多かったし、メディアが片棒を担いでしまった部分もあったと思うので、今回の警視庁の結果についても、しっかり報じていく責任があると思う」と話した。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)
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