「本気と本当」。三上博史の俳優生活40年というあぜ道に立つ道しるべには、きっとそんな言葉が刻まれているに違いない。劇作家・寺山修司に見いだされて1979年制作の短編映画『草迷宮』で俳優デビュー。このとき三上は15歳。映画作りという祭事に魅了されて本格的に俳優の道を歩み始めるきっかけとなった。そしてメジャー初主演映画『私をスキーに連れてって』(1987)がブームとなり、平成初頭のエンタメ業界をトレンディドラマのエースとして牽引した。ところが現在ではどうだろう。露出は極端に少なくなり、昨年2018年に至っては「ほとんど仕事をしていなかった」という。そこには道しるべの言葉「本気と本当」が大きく関係しているようだ。
役柄を演じる上で心掛けるのは、自分自身を空っぽにすること。作品によって、役柄によってライフスタイルさえ変える。役を作るのではなく、自分を消す作業。命を削るくらいの本気度で作品と向き合って初めて、リアリズムが生まれると考えている。「作品との一蓮托生とうか、作品としっかりとコンニチワをして、しっかりとサヨナラをするタームじゃないと僕は仕事ができない。現場でもそうで、誰かが命がけでやっているものに対して一緒に乗りたいという気持ちがある。一度乗ると言った以上はとことんやる。ただ単に金儲けとか、当てたいとかそういうところにまったく興味がない」と情熱第一なのだ。
しかし現実はやや複雑。作品を一過性の商品と捉える向きも少なくないわけで「中にはそこまで本気にならなくてもいいと思っている人たちもいるわけですよ。単に当てたい、単にヒットさせたいという人たちにとっては、本気の奴ってウザいんだろうね。僕のそういった姿勢が業界に広く認知されているから、『こいつに下手に声をかけたら本気になるから面倒だぞ』と思われて。それで5年に1本とかになっちゃう」と苦笑い。
多忙を極めたトレンディ時代は「自分の名前が広く認知されなければ好きなことはできないと思って、とにかく本気で名前を売ってやろうとガムシャラでやっていた」というが、向き合い方の温度差の相違が、その胸の内の熱を冷やしていった。そして徐々に「惹かれなくなっていきましたね。場所を与えられても、自分に何ができるのだろうか?と真剣に考えてしまって」。だから口癖も「もう役者を辞めたい」になる。その姿は演技力が称賛されながらも寡作で知られるイギリス人俳優ダニエル・デイ=ルイスを思わせるが「彼の気持ちは凄くわかる。寡作なのも、そうそう命は懸けられないからだろうね」とシンパシーを感じている。
ちなみに私生活も実に近しいものがある。デイ・ルイスは俳優休養中に山にこもって靴を作っているが、三上も昨年まで山にこもっていた。ノーギャラで沖縄のカルチャースクールの講師を務めたこともあり「読み聞かせのワークショップをしようとしたら、集まったのは僕と同年代のおばちゃんばかり(笑)。その30人を相手に急遽、身の上相談会を開催。でも大勢の前でなかなか本音を打ち明けない人が多いから、あえて僕がドSになって『おめえよぉ、はっきり言えよ!』と発破をかけたり。でもさ、50代のおばちゃんたちが抱えている悩みって結構面白いんだよ」。
本業以外で満足させるわけにはいかない!とデイ=ルイスの前にマーティン・スコセッシ監督が現れたように、本物の才能を持つ者の前には必ず志を同じにする者が現れる。俳優で演出家の宅間孝行の「トンがっている日本映画があることを、国内外にも知らしめたい」という心意気に乗って、三上は約14年ぶりに『LOVEHOTELに於ける情事とPLANの涯て』(1月18日公開)で映画主演としてスクリーンにカムバックする。
ラブホテルの一室を舞台にしたワンシチュエーションのドラマで、チンピラ警官の間宮(三上)が、お気に入りのデリヘル嬢・麗華(三浦萌)と密会したことから、間宮の妻で婦人警官の詩織(酒井若菜)、ヤクの売人ウォン(波岡一喜)、デリヘルマネージャー(阿部力)を巻き込んだ想像を絶するドタバタ劇が隠しカメラの視点で描かれる。
『LOVEHOTELに於ける情事とPLANの涯て』場面写真
三上のハートに火をつけたのは、至る所に張り巡らされた伏線だらけのシナリオと、ワンシーン・ワンカット・ワンテイクで行われた撮影状況。中でもすさまじいのは、据え置きカメラで捉えられた三上と三浦による冒頭約20分の二人芝居。“神は細部に宿る”を体現する三上の緻密かつ徹底的なリアリズム演技は「本気と本当」の集大成といえそうだ。
「一番気を使ったのはそこ!冒頭が成立しなければこの映画はダメになると思ったので、あの手この手を使って生々しく芝居しました。バランスをとるために萌ちゃんの初々しさに歩調を合わせつつ、自分の活舌の良さを消して、でも観客に伝えなければいけないワードははっきり言う。しかもワンテイク。本当に苦労しました」。といいつつも、声色はどこか愉快。「俳優40年ならば普通は余裕をかますところだけれど、僕の場合は14年も空いているわけですから。もう極限状態!だからこそのリアルが生まれると思った。なんだかんだ自分を追い込むのが好きなんだよね」と少年のような笑みを見せる。
『LOVEHOTELに於ける情事とPLANの涯て』場面写真
その一方で、三上の自己評価は「人生最高とはいえない」と辛口だ。「もう役者を辞めたい」という口癖を実行に移せないでいるのは「謙虚ぶるわけではないけれど、自分ではまだまだ中堅だと思っているから。年齢的にはベテランの領域だけれど、何もやっていない分、経験値も少ないし、まだやり残していることがあるから」と貪欲さが納得させない。本作を「大きく響かなくてもいい。ただ何かを熱くやろうとしている奴らがここにいるゾ!というのをクリエイターの卵なり、サラリーマンにアピールできれば嬉しい」と三上は控えめだが、その“熱い奴ら”に三上自身も含まれているのは言うまでもないだろう。
14年ぶりの主演復帰作が、トレンディだった平成最後の主演映画という節目になるのも興味深い。新たに迎える時代に向けて三上は「ちょっとは丸くなっただろうし、そろそろ心を入れ替えてやりますよ。気持ちは、若い頃の“名前を知ってもらう”的なところに近いかも」と境地を語りながら「皆さんが僕に望んでいるような場所ではないところにいくつもり」と非常に意味深な言葉をこぼす。「本気と本当」の道しるべの先にある、50代半ばにして三上が知った天命とは?2019年が三上博史・第2章の始まりであることは確実だ。
『LOVEHOTELに於ける情事とPLANの涯て』は1月18日(金)よりテアトル新宿ほか全国ロードショー
テキスト:石井隼人
撮影:You Ishii
ヘアメイク:白石義人(ima.)
スタイリスト:上山浩征 (semoh)