そんな感想を持った人も多いかもしれない。アジアカップのラウンド16、サウジアラビア戦のことだ。アジアのチーム相手にはボールを支配することが多い日本が、90分のほとんどを守りに費やした。
どちらが多くボールを持っていたかを表すデータ「ポゼッション率」は日本が23%、サウジアラビアが77%。サッカーにおいて、片方のチームが7割以上ボールを支配するのは、相当な実力差があるか、退場者が出た場合などに限られる。
実際に23%というポゼッション率は1998年以来の主要な国際大会では最低の数字だ。サウジアラビア戦での日本が、どれだけ押し込まれていたかがわかるだろう。
それでも勝ったのは日本だった。冨安健洋が前半20分にコーナーキックからヘディングで決めた、虎の子の1点を最後まで守りきった。試合後、森保一監督は「本当にタフで厳しい戦いになると覚悟していたが、想像以上に我慢強く戦うところ、選手たちが最後まで粘り強く戦い抜いてくれた」と安堵の表情を浮かべた。
「こういう勝ち方もできたというのは、日本にとって大きい」と胸を張ったのはGKの権田修一だ。サウジアラビアに15本のシュートを放たれながらも、枠内に飛んだシュートは1本。「僕のところにほとんどシュートが飛んでこなかったのはみんなのおかげ」(権田)というように、全員が体を張ったからこその完封勝利だった。
大苦戦から中2日で迎えるベスト8のベトナム戦は、サウジアラビア戦とはまったく別の試合になるだろう。
ラウンド16でヨルダンをPK戦の末に破ったベトナムは、今大会のダークホース候補だ。韓国人のパク・ハンソ監督が2017年9月に就任すると、2018年にはAFCU-23選手権で準優勝、アジア大会で56年ぶりのベスト4進出、ASEAN王者を決めるSUZUKI CUPで10年ぶりの優勝。快進撃を続けるチームに国民の期待は高まっている。
ベトナムの持ち味はボールを奪ってからの素早いカウンターアタックで、ボールをしっかりとつないで攻めようとするサウジアラビアとは正反対のスタイルといっていい。
日本はボールを持つ時間が長くなることが予想される。5バックでディフェンシブに戦ってくるベトナムをどのように攻略するか。キーマンはサウジアラビア戦でコーナーキックから冨安のゴールをアシストした柴崎岳だ。青森山田高校時代から天才と呼ばれた柴崎のポジションはボランチ。中盤で攻守のバランスをとりながら、多彩なパスでゴールを演出するプレースタイルは“司令塔”と称される。
グループステージでの柴崎の出来は正直言って今ひとつだった。前線の選手を狙ったパスがカットされて、カウンターを受けるきっかけを作ってしまうこともあった。スペインリーグのヘタフェでは出番に恵まれていないことから、キックの感覚やパスの判断に微妙な狂いが生じていたのだろう。
しかし、ロシアW杯で攻撃のタクトをふるった技術は日本人の中では突出している。柴崎自身も「狙ったところに蹴れた」とサウジアラビア戦のアシストを振り返っており、試合を重ねることでプレー勘を取り戻してきているのは間違いない。
ベトナム戦でもっとも警戒すべきは、前がかりになったところでボールを失ってカウンターをされること。先に失点してしまえば、日本としては一気に難しい試合になる。
孤高の天才。柴崎はそんな風に呼ばれる。どんな時も冷静に、ピッチ上の状況を見極めて、最適なプレーを繰り出す。そんな柴崎の力が難敵撃破のためには必要不可欠だ。
文・北健一郎(SAL編集部)
写真・アフロ