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 『NHK「最後の良心」に異常事態 「ETV特集」「ハートネットTV」の制作部署が解体の危機』。15日、NHKの組織変更についてBuzzFeed Japanが報じた記事が大きな話題を呼んだ。今国会では、NHKの番組をインターネット常時同時配信するための放送法改正案も議論される。そんな中、元NHKアナウンサーの堀潤氏は何を思うのか。話を聞いた。

 堀:最近、1997年から2005年まで会長を務めた海老沢勝二さんによる「デジタル公共放送論」(2000年)という本を取り寄せて読んでみたいんです。するとそこには、デジタル化の波に乗り遅れてはいけないし、世界への発信力を高めていかないといけない、と書いてありました。さらには民主主義に資するもの、政権に対して緊張感を与えるものをやっていこう、デジタル戦略の根幹は視聴者との繋がりであり、NHKは視聴者ひとりひとりのニーズに答える存在であるべきだ、と。今の上田良一会長は、籾井勝人前会長時代の混乱を安定させるのには成功しているのかもしれませんが、視聴者に語りかけているような素振りはほとんど見えて来ませんね(笑)。

 NHKは経営以下、デジタル時代の放送戦略のプロパーをもっと活躍させて、持っているインフラと安定した受信料収入を活かす方向に刷新したほうがいいと感じています。例えばこのご時世に、公共放送がバラエティ番組的なものへの投資を強めるというのは見識を疑いますね。

 改編の背景には、あくまでも働き方改革の一環ということと、これから放送の仕組みが多様化していくことに対応するため、人材の流動性を高めたいといことがあったようです。ただ、文化・教養や福祉の分野はセクションを越えて自由に人を動かせたほうがいいからといった当初の最初の意気込みがややトーンダウンした一方、芸能班はそのまま残るなど、結局は局内のパワーバランスが見え隠れする中途半端なものに落ち着いてしまったようです。しかも現場の職員への説明も直前までなされなかったというコミュニケーション不足もあったことで、不満を持った方々が外部メディアに登場するということになってしまいました。

 果たして今の経営陣に、企業統治能力はあるんだろうか。我々は払っている受信料が非常に不透明でセンスの悪い使い方をされていないだろうかと思わざるを得ません。

 例を挙げると、「クローズアップ現代」が午後7時30分からやっていたのを遅い時間帯に移し、しかもバリバリやっていた国谷裕子キャスターから原稿以外の言葉を持たないアナウンサーに変えて、まさに漂白されてしまった番組にしてしまいました。現役のプロデューサーやディレクターに聞いたところでは、今回予定されている改変にあたって、局内からはNHKの要の番組として、放送時間をプライムタイムに戻すべきだという声も上がっていたそうですが、やはり『ためしてガッテン』『鶴瓶の家族に乾杯』といった強いコンテンツは手放せないからという理由で頓挫してしまったようです。それどころか、人とお金を効率良く回し、パワーアップするという理由で週3回に減らされてしまったと。

 では"クロ現"に代わる骨太な報道・ニュース番組を作る努力をしているかと言えば、そうは見えない。『ニュース7』を見ても『ニュースウオッチ9』を見ても、"東京が選んだニュースだな"という気がするし、軟弱な感じになっていることは否めませんよね。

 『ニュースウオッチ9』の前身にあたる9時台のニュース番組は、かつては革命の象徴だったんですよ。磯村尚徳さんが日本で初めてキャスターがジャーナリスティックに番組を仕切るというスタイルを見せましたし、後に外務省の報道官に転身した高島肇久さんがキャスターの裁量で"映すな"と言われたイラクの映像を映して見せたり。そういうダイナミックな、NHKだからできる骨太なニュース番組が見たいですよね。7時はストレート、9時はジャーナリズム。今はそれがありません。アナウンサーたちにも、"ちょっと、黙ってんじゃないよ"って思いますよね(笑)。"もっと取材に行ってもいいんじゃない?"と。

 そうこうしているうちに、中国のCCTVに世界市場を持って行かれ、イギリスのBBCのようなデジタル戦略にも乗り遅れてしまった。国際発信力も弱く、なおかつ国内の視聴者たちからも報道分野の不満を指摘されてしまっています。今こそ公共放送の精神に立ち戻って、国民の民主主義の発展に寄与する放送局として再編してほしいと思うんです。違法ダウンロードの問題などもそうですが、表現の自由や幸福追求権など、秩序維持のために個人の自由が狭められていくような時代に向かっていっているようが気がしています。そういうときこそ、NHKには時代の変化を俯瞰し、検証できる機関であってほしいと思うんです。

 人々のバックグラウンドが多様化し、階層化も進んでいて、社会課題がこれだけ多様化しているわけですから、かつてのような分厚い中間層がいる時代の報道のアプローチで追いつくわけがありません。 国民が何を求めているかをリサーチしつつ、100年後の日本人が見た時に"こうしてほしかった"というビジョンを矜持として持ちつつ。決して目の前のポピュリズム、それでいて寄り添っている放送。安定した財源があるわけですから、できるはずです。

 そのためにも、僕はやっぱりNHKには日本の地上波にはない"24時間の報道専門チャネンル"になってもらいたいです。海外に行くたびに、24時間のニュース専門チャンネルが地上波にあるのはいいなあと思います。「大河ドラマと朝の連続テレビ小説は伝統芸としてやりますけれども、私たちは政治、災害、教育など、きちんとニュースと調査報道をやる機関なんです。ドラマやクイズ、バラエティは民放をご覧になってください」、それでいいじゃないですか。エンタテインメント分野で言えばNetFlixもAmazonもいるわけですし。スポーツだって、BSかあるしDAZNで見て下さいと。

 ネットへの進出に関しても、民放からは"民業圧迫だ"という拒否反応も出ていますが、民業圧迫にならない最大の方法もまた、ニュースに特化した専門チャンネルになることではないでしょうか。だって、どこの局の人も、"うちの局には『NHKスペシャル』は作れません。あんなに予算も人員も使えません"と言うわけですから。

 よく、ネット上では「犬HK」とか、あるいは「売国局」などと言われていますが、時間が潤沢にあれば、そういうことも言われなくなると思いますよ。極左の運動家と極右の運動家を招いて、ディベートさせればいいと思います。ファーウェイの幹部とドコモの幹部が議論したっていいと思います。そうやって色々な観点から物事を伝えつつ、ネットを使って視聴者が様々な情報にアプローチできる「パブリック・アクセス」を導入すればいい。そういうのが見たいじゃないですか(笑)。

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■プロフィール

1977年生まれ。ジャーナリスト・キャスター。NPO法人「8bitNews」代表。立教大学卒業後の2001年、アナウンサーとしてNHK入局。岡山放送局、東京アナウンス室を経て2013 年4月、フリーに。現在、AbemaTV『AbemaPrime』などにレギュラー出演中。

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