福田麻由子を覚醒させた、二十歳の日雇いアルバイト経験

　複雑な家庭環境にある生徒を演じた「女王の教室」（2005）、綾瀬はるかの子供時代を泣きの演技で魅了した「白夜行」（2006）。たぐいまれなる表現力から天才子役の名をほしいままにした女優の福田麻由子も、すっかり大人の24歳になった。芸歴20年というキャリアを持つ福田が、映画『ラ』（4月5日公開）で演じるサイコチックな女性ゆかりは、女優としての新境地を感じさせるほどのインパクトがある。その迫真演技の源は、20歳で挑戦した日雇いアルバイト経験にあった。

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　福田扮するゆかりは、主人公・慎平（桜田通）のバンド時代からの追っかけファン。バンドが空中分解し、くすぶっている慎平を金銭面で支えているのだが、1万円貸すごとに慎平に拇印を押させる“お楽しみスタンプラリー”を実施。ノート一冊たまったら強制結婚というルールを課している。尽くす女性として振舞う一方で慎平を軟禁したり、煮え立つ鍋を持って背後に忍んだり、福田が造形したゆかりはホラー映画キャラクターのようだ。

　脚本を読んだ段階で「私とは全く価値観の違う女の子。根本から自分を変えなければ演じることができない」という意思を固めた福田。事前準備の段階から「ゆかりっぽい衣装を自分で揃えて、スタンプラリーも材料から買い集めて自分でハンドメイド。几帳面なゆかりとは違って私は不器用なので必死に作りました。画面にはちょっとしか映らないけれど、スタンプラリーの約束事が書かれている文章も自分で考えました」と細部にまでこだわった。

　猪突猛進に一途になるファン心理を自分の中に取り込むべく、女性人気の高い若手俳優やバンドマンのSNSを熱心にチェック。「ファンの中でも特に熱量の高いファンの方を見つけたら、その方のSNSも全部読み込みました。（桜田）通君のTwitterもさかのぼれるだけさかのぼって、通君が果物を持っているだけで『超サイコ～！』という不思議な心理状態にまでなっていました」と照れ笑い。

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　こうした役への徹底した向き合い方は、20歳の時のアルバイト経験が大きく影響している。役者とは様々な人物や職業に化ける仕事。幼少期から女優という道を歩み続けてきた福田には「物心ついたときから同じ世界にいる自分の幅の狭さに怖さがあった」という。20代が近づくにつれて同年代の友人たちは進学や就職と新たな道に進む。福田自身立ち止まっていたわけではないのだが、将来に対する漠然とした不安が頭をもたげたのも理解できる。そこで思いついたのがアルバイト。しかも「芝居に結び付くような日常の世界を見たい」と、あえて関わる人々が入れ替わるような日雇い労働を選んだ。

　経験したのは、倉庫での冷凍荷物の仕分け、大手雑貨店の検品作業、ポスター梱包、教科書の仕分けなど。特に冷凍荷物の仕分けは印象的で「アルバイトメンバーは日雇いなので顔ぶれが毎回違うのに、私たちをまとめる倉庫リーダーの方は作業前に必ず全員の名前を憶えて、名前で呼んで指示を出してくれた。同じアルバイトでも人や場所によってはこうも違うのかと。このリアル感は芝居で使えると思った」と本当を知ることで視野が開けた気がした。

　これらの経験は、改めて女優の道を歩む決心を固める契機にもなった。「誰よりもお芝居が好きだ！と思う反面、それしかやってこなかったから好きだと思い込んでいるだけでは？という葛藤もありました」と自問自答を打ち明けながら「アルバイトを通して少ないながらも他の仕事を経験してみて、やはり私にはお芝居しかないと思えた。才能がない！と落ち込むことも多いけれど、自分の気持ちとしてハマるものがあるだけ幸せ。自分が好きだと感じて、それをやらせてもらえる環境にいること自体が奇跡だと思えるようになりました」。