「35歳になって好きなことやって、家庭壊して、ひとりぼっちで格闘技やって、どうだお前ら羨ましいだろ!」
両国国技館に集まった観衆を前に、青木真也が“らしさ”全開で勝利への喜びを爆発させた。
3月31日、両国国技館で開催された総合格闘技団体「ONE Championship:A NEW ERA -新時代-」。メインイベントをつとめた挑戦者・青木真也は、フィリピンの英雄、ライト級王者のエドゥアルド・フォラヤンを1R2分34秒、肩固めで締め上げて2年4カ月ぶりにONEライト級のタイトルを奪還した。
「ONE Championship」初の日本大会、2012年の団体黎明期からONEを支えてきた青木にとっては晴れの凱旋の舞台。しかし大会前はそんなお祭りムードは一切なく、日本の総合格闘技界とフィリピン、ミャンマーなどアジアの新興国、そして元UFC王者など世界を相手にした後戻りも避けることもできない「世界」との闘いといった様相を呈した。その重要な一戦に向けても青木は「単なる試合の一つ」とし、あくまでも自分自身と向き合う姿勢を貫いてきた。
とはいえ「フォラヤンvs青木」に対する注目度は高く、ONE陣営も放ってはおかない。「貧困のなか、兄弟が命を落とすなかサバイバルし、総合格闘技で成功を掴んだ家族をこよなく愛する模範的ヒーロー・フォラヤン」と「格闘技へのめり込む“ストロング本能”。ゆえに家族も失い、それでも好きな戦いをやめないバカ・サバイバー青木」と煽りのストーリーテリングはなかなかのものだ。こうなると劇画では“ヒーロー圧勝”となるのだが、格闘技の世界はそう甘くはなかった。
1R開始とともにハイキックという意外な入りを見せた青木は、続けて強烈なミドルを蹴って出る。打撃では優勢とみられているフォラヤンにとっては、青木から積極的に打撃戦に持ち込む序盤は想定外か、ローを軸にリアクション的な対応を続けた。とはいえ、相手は絶対王者のフォラヤン。すぐに切り替えて関節蹴り、オーバーハンドパス気味の左と豊富な打撃の引き出しを見せて対応した。青木も引かずに前に出ると左ミドル、さらに左ミドルと蹴り上げた。
ここで打撃戦と自覚したフォラヤンにとって二つ目の想定外が。いつもどおりの鋭いタックルをみせる青木が姿を現した。フォラヤンも体を崩されないように粘り腰をみせるが、差し込みの体をケージで入れ替えながら、大内刈りぎみにフォラヤンを崩した青木はテイクダウンに成功。ハーフガードの攻防から肩固めを決めると、ガッチリ締め上げた。
“抜かりなさ”という意味では象徴的なシーンもあった。肩固めが決まった直後、フォラヤンとしてはケージを蹴り上げるというわずかな対応策も残されていた。しかし青木は逆サイドにパスガード気味にポジションを変えながら、フォラヤンを最後の命綱から“引き剥がして”絞め落とした。そして、試合後のコメントも青木らしかった。
「35歳になって好きなことやって、家庭壊して、ひとりぼっちで格闘技やって、どうだお前ら羨ましいだろ! 俺はな、こうやってな、明日もコツコツ生きていくんだよ」
リング上での勝利インタビューでも「俺たちはファミリーだ!」「ケツにGOって書いてるけど明日もGOだ!」と、海外のファンにはほぼ伝わらないメッセージを発するなど喜びを爆発させた青木は、勝利の直後に栄誉あるチャンピオンベルトを新日本プロレスの内藤哲也ばりに放り投げるパフォーマンスをみせるなどやりたい放題。
品行方正な王者に悪辣な青木が勝ってしまう。人によっては大きな裏切りともいえる出来事もまた、「強いものが勝つ」という総合格闘技の一つの側面、醍醐味といえる。地元・日本勢が主要カードで軒並み敗戦を重ねるなか、最後の砦としてスカっとした勝利を飾ってくれた青木真也は、会場を埋めた多くの日本人ファンにとっては、紛れもなく希望を与えてくれたヒーローだった。
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