(コーナー、エプロン、場外などあらゆる場を使いこなすのが中島のスタイル)
5月3日に開催された東京女子プロレスのビッグマッチ、後楽園ホール大会は劇的な王座移動で幕を閉じた。メインイベント、TOKYOプリンセス・オブ・プリンセス選手権で王者・山下実優に挑んだのは中島翔子。3年4カ月ぶりの王座挑戦で、山下との対戦もそれ以来だ。前回の対戦は東京女子プロレス初の後楽園ホール大会だった。
山下は1期生で、中島は“1.5期”。卒業していく選手もいる中で、この2人と坂崎ユカが旗揚げメンバーとして団体を引っ張り、大きくしてきたという歴史がある。東京女子はDDTグループのブランドで、キャリアのある女子選手が作ったわけではないから、彼女たちは先輩=お手本がいないところで努力と創意工夫を重ねてきた。しかしいつの間にか「私は引っ張られる側になっていた」と中島は言う。山下は4月のアメリカ遠征で他団体のベルトを奪取。坂崎はケニー・オメガたちの新団体AEWの旗揚げ戦に出場する。
(ついに東京女子の頂点に立った中島。ファンが待ち望んだ瞬間だった)
「私だけ海を越えられないんですよ。悔しいに決まってますよ」
ふだん自己主張しないタイプの中島だけに、溜め込んだ思いには強烈なものがあった。しかし山下はここまで10回の防衛に成功している、いわば絶対王者だ。ベルトの重みを1年以上背負い続け、勝つたびに風格を増してきた。前哨戦では山下がバックスピンキックで中島をKO。タイトルマッチ本番でも得意の蹴りを容赦なく浴びせていった。
逆に中島は動きが硬い印象。テクニックとスピード、試合運びのうまさといった持ち味が出てこない展開だった。本人によると、「山下のようなタイプは苦手」。選手として相性がよくないそうだ。中島自身、山下こそ団体のエースと認めており、王者として積み重ねてきたものの大きさも感じている。だから余計に「自分のやり方で勝つ」ことを重視した。攻撃する場面は決して多くなかったが、場外戦で山下を鉄柱に打ち付けたフランケンシュタイナーや2段階で打ち分ける619など中島らしい技も見られた。
お手本のいない東京女子プロレスで、練習生時代の中島はひたすらプロレスの映像を見て研究したそうだ。身長147cm、小さく、格闘技のベースがなく、飛び技も得意ではない自分には何ができるか考え続けた。デーブ・フィンレーやジョニー・セイント、ウィリアム・リーガルの試合から多くを学んだという。相手の足を攻めようとスネに頭突きをする場面も見たことがある。それは頭のほうが痛いんじゃないかと思うのだが、とにかく自分で考えて、工夫してトライするのが中島のプロレスだ。
(試合後に握手する中島と山下。2度目の後楽園メイン対決だった)
下から3カウントを奪ったのはロコモーション式のノーザンライト・スープレックス・ホールド。1発目を決めると、そのまま自分が回転して2発目を放った。山下は前哨戦からノーザンライト切り返しに成功していたが、中島はさらにその上を行く策を練ってきたわけだ。
デビュー6年目のシングル初戴冠。この瞬間を待っていたというファンは多いだろう。敗れた山下でさえ「悔しいんですけど、中島がベルトを巻いている姿を見たらおめでとうという気持ちになりました」と語っている。
チャンピオンとしてのスタンスについて「どっしり構えるのは無理」と言う中島は、東京女子に「フラットさ」を取り戻したいという。かつての東京女子は新人ばかり、どの選手が第1試合でもメインでもおかしくなかった。だからこそメインに出たい、頑張らなくてはという気持ちも強まった。だが選手が増え、初期メンバーがキャリアを重ねた今は「実力差が出てきて、下の子はアンダーカードが当たり前になっている」と中島。
「でも私は山下よりは怖くないと思うので(笑)。私にだったらちょっと頑張れば勝てると思って、これ(ベルト)を目指してほしい。ちょっと頑張れば景色が変わると思うので」
(初防衛戦は5.6札幌。サンダー・ロサと対戦する)
中島は才能やチャンスに恵まれない者、努力が報われないと感じている者を代表するチャンピオンだ。「中島さんと闘いたいから頑張る」あるいは「私だって頑張れば中島さんに勝てる」という挑戦者が次々と出てくれば、東京女子プロレスの風景は変わっていくだろう。
ただ、その前に王者がクリアしなければいけない関門もある。ベルトを巻いたばかりの中島に、アメリカを中心に活躍するサンダー・ロサが挑戦表明。さっそく5月6日の札幌大会で初防衛戦が組まれた。
初進出となる札幌では、山下がアメリカで獲ってきたSHINE王座の防衛戦も。相手は前王者のアリシン・ケイ。中島vsロサとともに2大シングル王座戦にして“対世界”の闘いである。新人だけでスタートした小さな団体が、地方興行で海外の選手とのタイトルマッチを2つも組むようになった。その前哨戦となる5.5板橋大会では、中島と山下がチームを結成(渡辺未詩と3人での6人タッグ戦)。旗揚げメンバー2人は、“W王者”としてリングで肩を並べることになる。
文・橋本宗洋
写真:(C)DDTプロレスリング/村上由美